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鎌倉歴史散策会

 近隣地区の曹洞宗の若手僧侶研修グループの行事で、一昨日、鎌倉歴史散策会を行いました。この日は、ちょうど道元禅師のご生誕日、全員で報恩祝賀の読経を行いました。快晴で絶好のハイキング日よりでした。
冒頭の写真は、道元禅師鎌倉御行化顕彰碑前での記念撮影です。この顕彰碑は、平成14年に道元禅師の750回大遠忌を記念して建てられたもので、現在、神奈川県祖門会や、永平寺東京別院の方々によって清掃・管理活動がなされています。

平成18年1月26日、鎌倉散策日程
 北鎌倉駅------円覚寺(白雲庵・仏日庵・帰源院) ------建長寺参拝-----
 巨福呂坂経由---- 道元禅師顕彰碑------
 寿福寺---源氏山公園------銭洗い弁天----佐助稲荷神社----
 裏大仏ハイキングコース----大仏切通し------大仏前解散

 鎌倉通の方ならおわかりかと思いますが、かなりのハードスケジュールです。
そして、鎌倉五山寺院のうち、第1建長・第2円覚・第3寿福と、鎌倉七切通しのうち、巨福呂・大仏を歩き、亀ヶ谷・化粧坂を横から…、と四つ訪れるという豪華版。しかも、円覚寺では特別拝観の塔頭めぐり。
 白雲庵の開山東明慧日禅師は円覚寺の10世で、中国曹洞宗の禅僧です。ですので、円覚寺は一時曹洞宗の時代があったということになります。意外に知られていないところですね。東明慧日禅師については「りょう」さんのページで、また白雲庵と関連する歴史背景等は「kameno」さんのページに詳しく掲載されています。
さて、期待していた国宝の舎利殿の見学ですが、今回は集中して坐禅修行を行う摂心(せっしん)中であったため中に入れませんでした。
  舎利殿前で

 帰源院は、夏目漱石が滞在した寺で有名です。ここの体験をもとに小説『門』が書かれています。境内には漱石の句碑「仏性は白い桔梗にこそあらめ」があります。ここは、私が高校生の時の国語の自由学習で、グループで漱石を研究して訪れてから何度となく訪問してきました。静かないいところです。一般には開放されていませんが、事前に頼めば入れます。


 建長寺も同様に見学し、巨福呂坂の旧道を抜け、道元禅師の顕彰碑に。
寿福寺からの源氏山一帯は雪がかなり残り、足元が不安でした。
お金を洗うと儲かるとされる人気の銭洗い弁天は、流石にここ一角だけは賑やかで、絵馬の収め所には合格祈願、良縁成就などの札が賑やかに下がっていました。
 
        
 佐助稲荷から再度、ハイキングコースに戻って裏山から大仏へ。このコースは後ろから大仏が見れるのですが、木が生い茂っていたためか、残念ながら見れませんでした。
 久しぶりにしっかり歩き、筋肉痛になりましたが、心地良い冬の古都鎌倉紀行でした。

付記:道元禅師顕彰碑については、以前から故團野弘之老師が発願され、尽力されてきました。ゆかりの地としては、名越付近に滞在した記録があるため、そちらが相応しいのかも知れませんが、場所を特定できず、用地の確保も難しいところだったようです。たまたま、所縁によって、現在の八幡宮横の巨福呂坂下に建立出来たことは、多くの方々に知っていただくきっかけとなるのでは…と思っていました。
そんな思いでいましたら、偶然にもそんな風に訪れていただいた方の日記に遇いました。こんな風に訪れていただくとありがたいです。



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コメント
 
 
 
こんばんは。 (hitomi)
2006-01-29 22:29:18
先日はコメントで生意気な書き込み失礼致しました。鎌倉は仕事で月に一、二度通過するだけですが行っています。鎌倉幕府並びに鎌倉仏教の歴史の舞台になった場所。昔さだまさしの「縁切り寺」を聞いた時から是非ゆっくり尋ねたいと思っておりました。(源氏山から北鎌倉へ・・)事故の後遺症も徐々に回復に向かっていますので、仕事の時間をやりくりして三月頃尋ねたいと思っております。私と息子は神社仏閣を尋ねるのが大好きなので、息子も貴寺に是非参拝してみたいと申\しておりました。その時は宜しくお願いいたします。私は反省しきりです。teraさんのように一生懸命仏の道を勉強されているお坊様がいらっしゃるのに、先入観がずっと抜けず、実家の檀那寺の住職並びに副住職への不信がずっと尾を引いていました。外祖父の枕経の後で木材を扱っている父に遠回しに材木の寄付を持ちかけたり、内祖父の時は檀家の旅行で、永平寺の塔頭で花札(いわゆる博打です。)をやった話しをされ、悲しいやら、腹立たしいやら~。昨年逝った外祖母の通夜は副住職が予\定より、40分も遅れ、しかも剃髪もせず長髪、納棺も時間がかかったらお経も途中で終わってしまいウロウロするばかり、決して若くないのです。40は大分過ぎていると親戚にも顰蹙を買ってました。檀家を沢山持つこの寺にとっては、通夜などいつもの事でしょうが遺族にとっては最後の別れの時。納得いかないものでした。今のお坊様はみなこうなのかと思っておりましたが、teraさん始め此処に登場する方々は日々勉強され、今日の日本の社会を仏教を通しどの様に良くして行くかに一生懸命になっている方たちばかりで、救われた思いです。teraさんとのご縁を授かった事。嬉しい限りです。私が生涯の師と仰ぐ、法相宗薬師寺元管長、亡き高田好胤師に昔頂いた色紙に「他人の邪を見るなかれ、誰が何をなし、何を成さざるかを言うなかれ。我が何をなし、何を成さざるかを思うべし。 法句経 」という言葉を頂いて30年以上になりますが、凡人はいつも誰が何やったと愚痴ばかりです。あぁ恥ずかしい。又々長くなったしまいました。申\し訳ございません。これからも頑張ってください。
 
 
 
→hitomi様 (tera)
2006-01-30 08:40:30
温かなコメントありがとうございます。僧侶としての言動、ほんとうに反省することが多いです。hitomi様母子のように期待を寄せていただく方々に応えて行けるように、頑張りたいと思います。

とりあえず、出先湯河原より。
 
 
 
先日はありがとうございました! (りょう)
2006-01-30 11:46:41
先だっては大変お疲れ様でした。

teraさんの名ガイドのおかげをもちまして、非常に有意義な会となりまりした。

漫然と歩くのではなく、鎌倉の歴史を感じながらの散策はとてもロマンが掻き立てられました。

たいへん勉強になりました。

心より御礼申し上げます。

teraさんの博覧強記には、頭が下がります。これからも親しくご指導くださいますよう、よろしくお願い申し上げます。

hitomiさんのような方の、僧侶に対するご意見や期待を、胸にしっかりと刻みつけ、頑張っていこうと思います。

東明禅師の記事、TBさせていただきました。
 
 
 
→りょうさん (tera)
2006-01-30 22:44:49
お疲れ様でした。先住様のプレートの記録、ほんとうに嬉しいですね。

足元が悪く、かなりハードで心配しましたが、何とか予定通りに行けて良かったです。建長寺さんも私が手配しておけば良かったかな…、とちょっと残念でした。私は本業より、どちらかというとこのようなことに熱が入ってしまいます(笑)。東明慧日さん、巨福呂坂旧道などを案内できたことは、良かったかな、と思います。TB有難うございました。
 
 
 
→hitomiさん2 (tera)
2006-01-30 23:12:30
研修会で、出掛けていて、充分にお返事できず申し訳ありませんでした。歴史散策のようなことが大好きで、鎌倉はよく歩きに出かけます。私もさだまさしファンですので、縁切寺はよく歌いました。「♪源氏山~かーらー、北鎌倉へ」のコースは、葛原ヶ岡ハイキングコースといいます。通常は、北鎌倉・浄智寺から源氏山に登り、化粧坂か寿福寺へ下るか、銭洗い弁天に行くか、足を延ばして大仏・長谷へのルートがあります。途中、スリリングな鎖場のような箇所もあり、かなり運動になります。体調が回復されましたら、是非、ご散策ください。

うちの寺は、鎌倉とは少し離れていますが、機会がありましたら是非お訪ねください。

高田好胤師は、私も中学の修学旅行で話を聞いた時依頼、強烈な印象とともに多くを学ばせていただきました。
 
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