前回(12月8日)では、安全保障上の重大な危機さえなければ、日本の経済破綻は考えにくいとした。ならば、このまま円札や国債を発行し続け、公共投資や消費減税などで需要と消費を刺激すれば、いつの日か経済が復活するのか。この楽観的な推定には、世界が今の資本主義的な貨幣経済を続けていけるという前提がある。もしそれが行き詰まるのであれば、世界の経済が破綻し、当然、日本も破綻するのだ。
そもそも経済活動とは、商品の交換を通して生活をより豊かにする活動だ。自分が提供する商品(労働も含め)が売れたのは、役立ったという証拠でもある。その対価として手に入れたお金を使い、消費者として他の商品を買ったり、追加生産・設備投資・技術改良などを通して自分の商品の量と質を上げたりする。この回転で、徐々に物価や賃金が上がりつつ、人々の生活が豊かになるわけだ。
この回転を仲介するのがお金だ。だから、社会が豊かになるにつれお金の量も増える。しかし、人々が今の豊かさに満足すれば、その回転は緩やかとなる。その状況でも利益を出そうとすれば、経費の節減や賃金の抑制などで社会は縮小回路(デフレ)に嵌る。そこで、この悪循環を脱却すべく安い金利で多量のお金を発行することになる(長く続く日本のデフレの姿に重なる)。
商品の売買が低調なところにお金が流れ込んでどうなったか。お金は商品との取引ではなくお金同士の取引に使われ、新たな市場(金融市場)で自己増殖するようになった。更に取引の電子化や仮想化が発達し、財テクが金融工学と呼ばれる阿世の学問に進化して、お金を何十倍にも膨らませて大儲けすることまで可能となった。この現代の賭場の甘い匂いに惹きつけられて、更にお金が集まってくる。
お金は力だ。多数の賛同を得るにも、政治家を篭絡するにも、いよいよ戦争の時にも、全てお金が物を言う。お金をもつ人々は政治的に守られ更に富み、社会の中核をなす生産や取引に携わる中間層は割を食う。遂にはお金の力が国の力を超え、産軍共同体ではなく金軍共同体となり、国境を無視した金融帝国主義が世界を支配しつつある。これは健全な資本主義の破綻につながる。(続く)