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支流からの眺め

武漢コロナ感染症を巡る夏の議論(6)―そのあり様を観察する

 WARSを巡る様々な議論の正否はさておき、議論の姿から見えた偏り(バイアス)を最後に語りたい。

 まず、利害バイアスがある。論者の知識や経験の違いが議論に影響することは当然である。加えて、利害関係によるバイアスからも逃れることができない。医療関係者は医療側の、経済関係者は経済側の、与党は政府寄りの、野党は反政府的な、官僚はお役所を守る、マスコミは視聴率重視の、評論家は批判調の発言になる。また、組織の上に立つ人であればあるほど、本音を言いにくくなる。失言すれば、後ろから刺される。逆にマスコミは、視聴率を上げようと際どい発言をさせようとする。

 次に、表現バイアスがある。意見が錯綜してくると、内容ではなく印象が正しさらしさを決める。争点を限定し(単純化)、都合の良い証拠だけを強調し(情報操作)、海外などの例を出し(同調圧力)、有名人の発言を引用し(権威利用)、過大な表現で揺さぶり(情動攪乱)、選択を迫り(限定化)、自信をもって断言する(断定化)、という表現方法である。聴衆に不満があれば、論敵を悪者に仕立て上げるのも(悪魔化)有効である。他には、声の質や大きさ、滑舌や速さ、顔立ちや服装(見た目)、身振りや表情、背景の音楽、付随する画像なども、印象に大きく影響する。

 受取り側には情動バイアスがある。論者への好感度で結論は大きく変わる。また、事態が不透明であると不安にも支配される。不安は避けたいが、避けようとすればするほど高まるのが不安である。怖いもの見たさで、憑かれるように不安を駆りたてる話を聞きたがる。これに応えるように、マスコミは不安を刺激する話を流す。遂には不安を打ち消そうと、自信に満ちた断定的な意見を信じてしまう。その断定意見を自らの意見のように語り、強いて不安を消そうとする。日本人はもともと不安に弱いとされるので(脳科学的な傍証もある)、注意が必要である。

 これらのバイアスで一人ひとりの心が影響されるだけでなく、社会全体の空気も変わる。詐欺師やマインドコントロール、宗教や扇動も、この方法で人々に確信を植え付けてきた。他人の主張の評価は虚心に行う必要がある。背景となる利害関係、過度な単純化や断言、感情や不安への訴求、内容を歪曲する表現や印象操作、これらの要素を差し引いて、何が正しいかを判断すべきである。特に責任ある者はそうしなくてはならない。責任のない者であっても、バイアスの影響に注意すべきである。民主制度では多様な意見を許容する分、意見を吟味し評価する責務を各自が負う。

 近い将来に、国運を揺るがすような議論がおこるかもしれない。例えば、憲法改正、米中戦争、領土侵犯等に関して何らかの決断が迫られる時である。今回のWARSを巡る議論を予行演習として、その意見を誰が言ったか、どのような言い方が内容の割に賛同を得やすいかを観察すべきである。議論だけでなく、わが国の危機対応の体制、意思決定に至る段階の特性も観察できる。よく考えるには、情報の嵐による過剰な刺激から離れることが肝要である。多すぎる情報は、認知を歪めるだけでなく思考力を低下させる。

 WARS流行は危機である。その危機に対する意見の動向や実際の行動、自身や国家の考えや方針が決まっていく経過を観察するのは、「汝自らを知る」よい機会になる。


 ここまで書いた頃に、安倍首相の退任会見があった。道半ばでここに至った心残りの一節は真情として胸を打った。しかし、歴代最長の在任期間が確定し、東京五輪の中止宣告や米大統領選の前が辞め時と考えたのだろう。健康が理由というのも高等演出である。健康問題を揶揄した議員が非難されたように、無念の敗者にはすべて水に流して赦すのが日本人の美意識である。韓国ならばどう言われたであろうか。これで批判を巧みにかわし、支持率を約30ポイントも上げ、安倍流の政権運営を引き継ぐことにも成功した。暗い部分を見えなくする、「美しい日本」を唱えた安倍らしい絶妙の政治的幕引きであった。

 WARS流行に際しては、首相の態度は逃げ腰であった。陣頭に立って指揮を執ったとは見えない。その結果、大流行の国でも国家元首の支持率は上がったのに、流行は弱かったにも拘らず、わが国だけで元首の支持率が下がった。しかも大幅に。マスク、給付金、PCR検査なども全てが裏目に出た。流行の混乱に紛れて検事総長人事や種子法など重要法案を通そうとし、迷走の末取り下げた。モリカケ桜はうまく煙に巻いたかもしれないが、相手がウイルスでは忖度もなく誤魔化しも効かなかった。要は言い逃れながら右往左往していただけである。それでも歴史家は、不測の感染症流行で体調を崩した首相とやや悲劇調で綴るのであろう。

 確かに首相は体調不良と見えた。国事を長年担った人を責める気はない。しかし、この退任劇への国民の情緒先行的な反応をみると、より大きな国家的危機での対応が懸念される。首相退任に伴う様々な反応を観察して、国民は「汝自らを知る」べきである。

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