これはだめだ!

自信喪失、無気力な日本に”喝!”、反日、侮日に反撃、一矢を報いる。

イチローと対蹠的な石川遼、”本物”政党のみが「浮動票」がない政治を実現する

2009-09-14 | 政治・経済

イチローの偉業には素直に驚嘆!
 
マリナーズのイチローが打ち立てた9年連続200安打のメジャー新記録を達成した。 年間200安打は「野球で最も困難なことの一つと思う」とか、「9年連続は途方もない」、「イチローの忍耐力には匹敵できない」、「豊かな素質と磨かれた技能を調和させた特別な存在」、「敵としては非常に厄介な、完ぺきな選手」とメジャーリーグの選手も異口同音にイチロウの力量を高く評価するしているようだ。  
 明るい話題が少ない世の中、老若男女誰もが、イチローの快挙に拍手、拍手で、日本人としてまことに誇らしい。

やはり黄昏のまがいものだった石川遼 
  天安市の牛汀ヒルズCC、ワンアジア・ツアーの韓国オープンで、最初は、スタートの1番から4ホール連続で池があり「池のあるホールでスコアを落とさないのが条件」とか、3ホールあるパー5は「2オンを狙うだけでなく、あらゆる手段を使ってバーディーを取りたい」、「3ホール×4日で12アンダー。そこまで行けば優勝争いできる」と言ったり、「出場している選手の中でも僕が一番状態はいいと思う」と大見得を切った。 

 ところが、10日、で第1ラウンドを行い、17歳最後の大会で海外初優勝すると持ち上げられたれた石川遼は、5バーディー、2ボギー、1ダブルボギーの70で、首位と3打差の12位につけた。
 12日、石川遼は13番で3日連続で池に落とすなど、1イーグル、1バーディー、2ボギー、1ダブルボギーの72で通算2アンダーとし、首位に5打差の13位に後退した。同組のロリー・マキロイ(20=英国)は67をマークし、通算7アンダーで首位に浮上、石川はライバルに力の差を見せつけられた。
 13日、最終ラウンドを行い、17歳最後の大会で海外初優勝を狙ったが4バーディー、6ボギーの73とスコアを落とし、通算イーブンパーの284で15位に終わった。1打差の2位にキム・デソブ。3位に20歳のロリー・マキロイらが並んだ。 17歳最後の大会は惨敗だ。決勝ラウンドの2日間で72、73とスコアを崩し、15位。「スイングもぶれつつあって、いい状態を保てなかった」、連戦と決勝ラウンドの失速については「関係しているとは思いたくない」ようだが、スイングは「グラグラしているこまのような感じ」で、ドライバー、アイアンともに安定感を欠いた。
  このあたりが、石川遼の実力なのだろう。それほど舏目するほどもない。野党に転落した自民党と似たようなもの、今が盛りのあだ花だ。
   

石川遼は自民党と似たようなもの、
  やはり黄昏の“まがい物”
  自民党と石川遼は、自分の足を食う蛸のようなものだ。自民党は、小泉構造改革以来、医師会、農協や農業団体、建設業界、郵政など自民党の支持母体を弱体化させ、業界団体の自民党離れを助長した。それだけでない、政権与党にしがみつきたいばかりに、社会党、自由党、公明党などと連立を組み、自己の本質を変質し続けてきた。
 政党としての「自己」を否定しつつ、自分の足腰を食べつくした蛸のようになったのが自民党だ。これでは選挙に勝てるはずがない。

 石川遼はどうか。優勝したのは、サンクロレラ・クラッシク、フジ・サンケイクラッシクと国内の“温室”コースのみ、イチローはアメリカで大記録を達成しだが、石川遼は外国へ行けばイケポチャで悪戦苦闘、ろくなことが無い。VanaH杯KBCオーガスタは、騒ぐほどのことは無かった。少しコースが難しくなるとすぐ“実力”をさらけ出す。
  “史上最年少”のみが唯一のセールスポイントでは、金儲けも長くは続かない。試合の前のファンサービスのトークショウは、タレント修行にはいいだろう。電器屋の広告塔か、似非学生か、その正体が定まらない。カメレオンのような体質は自民党と似ている。
 “麻薬”に手を出すと自分の意思ではやめられないという。麻薬ならぬ、金を覚えた若者が大成することはないだろう。更なる大記録に向かって只管、技の練磨向上に努めているイチローは、大きな可能性を感じさせる、彼は“本物”。この若者は、ゴルフの技量といえばイケポチャ、本業は何かその正体が定まらなければ、まがい物。今が盛りのあだ花にすぎない。

無為無策な政治が「浮動票」を作る、
  「浮動票」を無くすのが政治だ!

 選挙には「浮動票」という言葉がある。金や権利や組織で縛り付けることの出来ない、浮き草のようなとらえどころの無い有権者というのだろう。浮動票といわれる一群は、国の現状と政策の適合性を見極めてからその「一票」を行使する。「自由な票」、「実効的な票」である。その一票があたかも無定見であるかのごとく「浮動票」というのは、政党や候補者のいい加減さの現れである。

 自由という心の動き知ろうとせず、「浮動票」が集まる駅前や繁華街で、「浮動票」を追って候補者の名前や「お願いします」をがなりたてる。この宣伝の標的にされているのは、自由を意識する、浮動する「自己」ではなく、騒音やパホーマンスにさらされている鼓膜や網膜である。それは、有権者として判断する「自己」ではない「自己」である。宣伝やパホーマンス、金のばら撒きが威力を発揮するのは、「自由な判断を欠落した自己」に対してである。
 このような物量作戦による選挙は、日本人の精神を荒廃させるだけだ。 民主党を軸とした連立政権が誕生する。いずれ、その真贋が分かる。また自民党は再生するかどうか正念場を迎えている。イチローのような“本物”は大衆の心を捉えて放さない。ここに「浮動票」は存在しない。

 石川遼のようなまがい物のゴルファーには一部熱狂的なファンは付き従うだろうが、黄昏の夕日のようなもの。自民党は、“イチロウー”になるのか、“石川遼”になるのかにより盛衰が決まるのだろう。
 政治の無為無策の裏返しが「浮動票」である。政治が、混沌した状況から抜け出せば「浮動票」はなくなる。国民の心をと捉える本物の政党が生き残るのだろう。


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