◆霊的な人
《神の思想の具現者である「霊的な人」は地球開闢以来おそらくはほんの数十人ほどしかこの世に出現しなかった。神の思想が時のうちに流れ入り、肉体を持った人と交渉を持つ時、この種の霊的な人が他の人々と区別されるのは、神からの霊感の直接的な激しさをその霊のうちに留めているという点においてである。それゆえ、霊的な人だけが、その言動のうちに永遠の真理を表現しうる。彼は、その肉体が滅びた時、冥府に安らいはするが、幻想の国にたゆたうことはなく、一挙に階段を駆け上がり、容易に父なる神と一体化する。地上生活にある間でさえ、彼は父なる神を知り、その霊感を神の想像力から引き出していたのである。》
「地球開闢以来数十人」ということは、まあゼロに近いと言えます。(この前、人工衛星が落下する云々の報道があって、それが人にあたる確立は何万分の1とか言われていた時に、誰か科学者が「それはゼロということですよ」とヌケヌケと言っていましたw)
よほど運がよくなければ、まずお目に掛かることはないでしょう(笑い)。だから、「霊的な人」についてあれこれ考えても仕方がありません。
マイヤーズ霊は、ナザレのイエスがそういう人だったと言っています。まあ、そうなのかもしれません。
ただ、そうだったとしても、弟子を始めとして周囲の人たちは、まったく彼のことを正しく理解できなかった。発言の大半も失われてしまった。結局、キリスト教などというとんでもないもの(失礼)が出来上がってしまった(本ブログ「霊学的イエス論」参照)。それでもわずかな伝承と言葉が、人類の霊的栄養となったことは否定できないでしょうけれども、何この無駄打ち?みたいな感じです(笑い)。
人間というか社会というかは、そんなもので、もし私の隣に「霊的な人」がいても、感心したり感動したりするかもしれないけれども、結局わからなかったりするのかもしれません。後々になって、「そういえばあの人の業績は大きかった」と評価される(時にはそれすらされない)のでしょう。
なぜ高級諸霊は、「灯りを燭台の上に」置こうとしないのでしょうか。私のような凡人には神の計画は不思議すぎて理解できません。
* * *
「三つの種類」とありますが、まあ「霊的な人」は置いておいて、われわれは何とかして、「動物的な」段階を超えて「魂的な」段階に行くべく努めようではありませんか。
「知的にも道徳的にも進歩」することはなかなか難しいことですけれども、常に「自我の高い部分」を意識し、それを伸ばしていこうと意志すれば、死ぬような修行とか神秘的な秘義伝授とか壮大な奉仕活動とかしなくても、じきに再生の宿命から抜け出ることができる。それを信じようではありませんか。
「いや、私はこの物質世界が好きだ、何度も生まれ変われるならその方がいい」と言う人には、「いいことをすれば次の生はもっとよくなるでしょう。そしてその逆もまた真」としか言うことはありません。
「生まれ変わりなんかあるわけない。死後に何かが残るなんてことは妄想だ」と言う人には、向こうに行って、何かを気づくことを祈るばかりです。それも相手に知られないようにしないと、「余計なお世話だ」と言われるでしょう(笑い)。
この世を超えた広大な世界があることを知り、不滅への道を歩もうと願う魂――スピリチュアリズムを知り、受け入れた人――は、ごくごく少数派で、おそらく3%どころの騒ぎではないでしょう。周囲の人からは「アホか」と思われるでしょう。
けれども、それを知り得たということは、何と大きな恩寵でしょうか。そんな恩寵を得た以上、そこへ向かって歩み出すしかありません。自分自身はなかなか思うようにならないものですけれども、少しずつでもそこへ向かって行こうではありませんか。
ここに訪れている人たちは、そのわずかな「恩寵を得た人」なのではないでしょうか。
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