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世界で一番大きい島ーグリーンランド

2022-11-12 19:55:17 | 旅行

さて、世界で一番大きい島はどこでしょうか?

この質問に答えられる人は多いと思います。

そう、グリーンランドです。

ちなみに二番目に大きい島はニューギニア島です。

 

このグリーンランドの面積は約218万㎢と日本の約6倍弱と非常に広大な島です。

緯度が高いためメルカトル図法の地図でみるとオーストラリア大陸をも遥かに上回る超巨大島に見えますが、

実際にはオーストラリア大陸が700万㎢とグリーンランドの3倍以上のサイズなんですね。

 

ではこのグリーンランドは一体どこの国なんだ?というと

少し回答に窮してしまう人もいるかもしれません。

 

正解は「デンマーク」なんです。

 

グリーンランドは地理的には北米に位置していますが

デンマーク本土やフェロー諸島とともにデンマーク王国を構成する地域のひとつです。

つまり政治的にはヨーロッパなんですね。

 

ではなぜこの広大な島がいまデンマーク領として残っているのでしょうか。

 

そもそもグリーンランドには紀元前からアメリカ先住民が度々居住していた形跡がありますが、

ヨーロッパ人が到達したのは10世紀末のことでした。

ヨーロッパ人として初めて到達したのは「赤毛のエイリーク」と呼ばれるヴァイキングで、

出身は現在のノルウェー南部とされています。

彼はノルウェーを殺人の罪で追放された後大西洋に繰り出してアイスランドへと移住します。

しかしそこでも再び殺人の罪で追放されてしまった赤毛のエイリークはさらに西へと向かい、

現在のグリーンランドに到達することとなりました。

 

赤毛のエイリークは追放期間であった3年を待ちアイスランドに帰還しますが、

その際アイスランドにてグリーンランドへの入植者を募ることになります。

この時にかの地を「グリーンランド」と命名したのも赤毛のエイリークでした。

実は彼が住んでいたアイスランドは同様にノルウェー人が移住していましたが、

「氷の島(アイスランド)」という名前のためになかなか入植者が集まらず

苦労したとの逸話が残っていました。

そのため赤毛のエイリークは敢えて名前を「緑の島(グリーンランド)」と名付けて

入植希望者を増やそうとした、これがグリーンランドの名前の由来と言われています。

 

この由来に関しては文献などの証拠が残っているわけではないので、

あくまでひとつの説にすぎませんが、なんだかロマンのある話ではあります。

 

 

こうして赤毛のエイリークに率いられたアイスランド人たちが続々とグリーンランドへ移住し、

12世紀のピーク時には数千人規模の集落が2か所グリーンランド南部に作られています。

そして13世紀以降は彼らの故郷であるアイスランドと同様ノルウェーの支配下にはいるのですが、

その後14世紀後半に本国であるノルウェーが王家の断絶によりデンマークの配下になり

それに伴ってノルウェーの支配下にあったアイスランドやグリーンランドもデンマークに従属することになったのです。

 

しかしながら気候の変化などの様々な要因が重なったこともあり、

ヨーロッパ人の定住は15世紀後半にはいったん途絶えてしまい、

元々住んでいたアメリカ先住民が残るのみとなってしましました。

 

 

1536年、カルマル連合の解消及び伯爵戦争を経て、ノルウェーは正式に独立を失います。

それに伴いノルウェーの植民地であったグリーンランドやアイスランド、フェロー諸島なども

完全にデンマーク王のもとに属するデンマークの土地となったのです。

 

こうして正式にデンマーク領となった後もしばらくはそのまま放置されていましたが

18世紀中盤にデンマークは改めてグリーンランドの調査を行い、

ゴッドホープ、現在の首府ヌークを建設し再定住化が図られます。

1814年にはナポレオン戦争で敗戦したデンマークからノルウェーが分離しますが、

分離したのは本国のみで、グリーンランドなどの植民地はデンマーク領として残留します。

なおノルウェー本国は独立したわけではなく、スウェーデンに引き渡されています。

 

当時のグリーンランドの交易や統治はデンマークの王立グリーンランド貿易会社が行っていました。

しかし、この会社は主に交易を中心に運営しており、政治的な部分はかなり疎かな状態でした。

そのため1931年、ノルウェー人の捕鯨業者がグリーンランドの東海岸に上陸し、

無主地先占(ほかの国家の支配が及んでいない地域は最も先に支配下においた国が領有する)に則り

グリーンランドの一部をノルウェー領であると主張するという事件が発生します。

たしかにグリーンランドにおけるデンマーク人の居住地は島の南側に限られており、

ノルウェーが上陸した島北部東海岸側はまったくの無人地帯でした。

また王立グリーンランド貿易会社は統治にはあまり関与せず行政区域を設定するなどしていなかったため、

「デンマークの主権が及んでいない地域」としてノルウェーに隙を突かれたような形になってしまったのです。

 

結果的にこれは常設国際司法裁判所によりデンマークの主権が認められたため

グリーンランドの一部がノルウェー領となってしまう事態は避けられました。

ただノルウェーとしてはもともと自分たちの植民地であったグリーンランドを

一部でも取り戻したかったのかもしれませんね。

 

 

さて、グリーンランドはこのノルウェーによる占領のほかに第二次世界大戦でも危機に陥りました。

1940年4月、ドイツ軍により電撃的な侵攻を受けたデンマークでは数時間のうちにコペンハーゲンが陥落、

デンマーク政府は侵攻を受けた当日にドイツ軍に対して降伏します。

ドイツと同じゲルマン系国家であったことからデンマーク政府もデンマーク王もコペンハーゲンに留まり、

ドイツと防共協定を結んだのちに対独協力を行わされていました。

しかし当時の駐米デンマーク大使であったヘンリック・カウフマンはグリーンランドを守るためにアメリカと交渉、

独断でグリーンランドをアメリカの保護下に置く代わりに、連合国に基地の使用を認めます。

対独協力を強いられていた本国政府は当然これを認めませんでしたが、

本国を占領で失ったグリーンランドは基地の使用の見返りとして防衛及び生活物資の提供をアメリカから受け

戦争中にも関わらずヨーロッパの国々に比べると比較的ましな生活水準を維持していたとされます。

 

このため戦後デンマークは対独協力を行っていたにも関わらずカウフマンの行動により連合国側の一員と認められ

国際連合の原加盟国ともなっています。

 

なおこの際積極的にドイツに協力したとされたデンマークのクヌーズ王子は

戦後兄のフレゼリク9世の即位に伴い王位継承権第1位になりましたがこういった経緯から

国民からの人気が非常に低く、これがデンマークにおける女子の王位継承を認める憲法改正へとつながります。

その結果クヌーズ王子は王位継承権を失い、代わりにフレゼリク9世の長女マルグレーテが王位を継承することなります。

それが現在のマルグレーテ2世デンマーク女王陛下ですね。

 

 

こうして第二次世界大戦を乗り切ったグリーンランドは今度は冷戦期の中で

今度はアメリカとヨーロッパという2つの勢力の間で揺れ動くこととなります。

 

またそれは別の記事で。



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