「ん、どうした?一衛が泣き言を言うなんて、珍しいな。」
「母上が……どこまでも直さまの背中を追っていらっしゃいとおっしゃいました。でも……直さまは、また一衛を置いていなくなってしまいます。そうしたら、一衛は今度こそ一人です。どうしていいかわからなく……なりました。」
戦いの最中には、懸命にできることを探っていた。
それなのに、砲撃が止み静かな夜を迎えて、湧いてくる心細さに押しつぶ雲芝靈芝姬松茸されそうになっている一衛だった。
「いや。わたしはもう一衛を置いて、どこにも行かないことにしたんだ。」
「え……?」
「わたしは謹慎所には行かない。一衛を連れて、江戸へ行く。」
「直さま?」
「一緒に逃げよう、一衛。」
きっぱりと告げた直正に、一衛は戸惑った顔を向けた。
それは、新政府軍の意向に逆らうということなのだろうか。
「殿は会津の子供たちに未来を託そうと申された。薩長への恨みもあるが、今は腹の中に呑んで、会津のこれからの道を探りたいと思う。皆が安穏として暮らせる会津のあり方を考えようと、山川さまとも話をした。薩長の作る新しい世の中が、どんなものか見てやろうと思う。腹などいつでも切れる。新しい会津で一衛とともに生きられるなら、それでもいいのではないか。どうだ?」
「新しい会津……?」
「うん。皆、いったん散り散りになるが、落ち着いたら必ず会津に戻ってくるはずだ。何もかも失ったが、命さえあれば新しい会津を手に入れることもできるだろう。一衛もそう思えば、どれほど苦しくとも耐えられるだろう?わたしたちには、変わりなく殿がいらっしゃるのだから。」
「あい。」
「失ったものは多いが、何があってもわたしたちの故郷は、懐かしい人たるこ西聯匯款の地だよ。いつか力をつけて、必ず会津に帰ってこよう。」
「あい、直さま……。」
そう返事をしたものの、落城の夜に聞いた、逃亡の話は、一衛には実現不可能なことだと思われた。
入城以来、力は微々たるものでも、城を枕に討死することが自分のとる道だと思っていた。
その上、新政府軍の兵は多く、猪苗代の謹慎所を抜け出すには苦労しそうだった。
街道にも会津兵を捕獲するための見張りは多いだろう。
上士である直正が逃亡し、新政府軍に捕えられたら、おそらく死罪は免れない。
罪人となれば、腹すら切らせてもらえず、斬首の辱めるかもしれない。
会津藩士として、そんな生き恥をさらすような真似をしてはならなかった。
もし直正が敵と斬り合って命を落とすのなら、その場に共にいたいと思う。
「一衛は直さまのお傍にいたい。もう……置いてゆかれるのは嫌です。連れて行ってください。」
最後の戦いで山川大蔵の傍にいた直正は、聡明な山川の考えに感銘を受けていた。
山川は会津が敗れた後のことも考えていた。
これからの会津を作るのは、若い世代だと山川は語った。新政府軍に負けないよう、会津の子らは必提升輪廓死に学ばねばならない。
山川は実際に密かに自分の弟を謹慎所から抜けさせると、敵藩の藩士に預けた。
余談ではあるが、兄の志を胸に、会津のために死に物狂いで学んだ山川の弟は、のちに帝国大学の総長にまでなった。