エッセイ コの字の私道 【秋・自由課題】 2009、10.9
つつじのつぶやき・・・
10年前の作品です。
夏は終わる。
10年経ってもつらい思い出です。
玉川上水沿いの道路から、コの字型の私道がのび、それを囲んで10軒ほどの家がある。
秋になって、キーンと抜けるような青空の日が続くと、玉川上水のコナラや椚の葉っぱが色づき、少しの風に舞い落ちる。
特に、渇いた風が吹いた翌朝は、たくさんの落ち葉が私道をうめる。
そんな朝は、シャーシャーと、落ち葉を掃く竹箒の音が、あちこちで聞こえる。
私も時間があれば箒をもつ。放っておくと、自分の家の前にあった落ち葉が隣に飛んでいってしまうからだ。
「又、今年もきましたね」
朝の挨拶が、こんな言葉ではじまる、もう決まった風景である。
この私道の角には、大きな百日紅の木がある。
その下は一寸した社交の場で、子供が小さかった頃は、恰好の遊び場でもあった。
行き止まりの静かな私道は、三輪車や、足を着いて乗る小さなプラスチックの車のゴトゴトとした音が、家の中から確認できた。
子供達が学校に行くようになると、登校時の集合場所になり、大きな声が響いて、忘れ物を取りに帰る、門扉の音やドアーの音がした。
雨の朝は、お揃いの黄色の傘を見送ったのもこの私道だ。
そのうちに、子供達は家を離れ、母親達も、それぞれに自分の世界を作って、私道で立ち止まる人は少なくなった。
ある時、笑顔の青年に挨拶をされた。暫くぶりに会った青年に、子供の頃の顔がダブった、「あら、〇ちゃん?」と、すっかり凛々しくなった姿に驚いた。
その青年が、夏の海で事故死した。
私道で遊んでいた子供が、先に逝くなんて考えていなかった。
葬儀場に向かう棺を、百日紅の花陰から見送った。
「此処が大好きだったの、此処が」。
お父さんの仕事の都合で、転校が多かった青年の言葉だったと、お母さんが泣き崩れた。
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