アンネ・フランクと中学の同級生で生き延びた人達が今80歳になる。数年前その数人がアンネ・フランクの思い出をたどった。アンネ・フランクは活発で感性の鋭い胡椒のような子、何時も人の中心にいたがり、注目を集めていたい子、”生意気な子”であった。「アンネの日記」も好意的には受け取られていないことに驚いた。彼等はほんのちょっとした運命の糸に導かれ生き延びる事ができた。経済的に裕福で完全な潜伏生活ができた家族、確実に匿ってくれたオランダ人に出会った人、書類のミスで”J”(ユダヤ人)であるサインを幸運にも押されなかった人たちなど。しかしアンネはひよわな身体とその性格から生きる意志が弱くなってしまったのではと友達は話す。そして、かれらは「アンネの日記」はオランダに根強く残る”オランダ人は同胞ユダヤ人を守った”という感傷的な神話を広める役割を果たしたと言い切っている。外から見ると逆境の中で感性の鋭い少女が美しい文章で綴ったと「アンネの日記」を評価してしまうが、内なる問題はそんな簡単なものでないことが解った。