名称:四条畷・楠木正行墓のくす
所在地:大阪府四条畷市雁屋南町27-5
撮影日:2013・10・22
指定:大阪府指定天然記念物(S46年3月31日指定)
アクセス:JR学園都市線・四条畷駅から北西に500m徒歩5分
(楠木正行公の墓所正面)
説明板では、
この地は南北朝時代の正平3(1348)年、小楠公こと楠木正
(まさつら)が足利尊氏の武将高師直(こうのもろなお)の大軍と
戦い(四条畷の戦い)で敗れて戦死して葬られた地で、府の
史跡に指定されている。楠木正行の死後、小石碑が建てられて
いたが、その後、石碑の両サイドに2本の楠木が植えられた。
歳月が過ぎ2本の楠の木は1本に合し、その石碑は木の中に入り込んで
しまったとのこと。
明治23年4月には墓所前の道を山手に真っっすぐに行った飯盛山
の山麓に正行を主祭神とする四条畷神社が創建ている。
楠木正行といえば南朝の忠臣・楠木正成の婿子で、正成を大楠公と
称するのに対して正行は子楠公と呼ばれていた。ちなみに正成は
神戸市の湊川神社に祀られている。まあた京都・嵯峨の宝筐院には
楠木正行の首塚と伝わる石塔がある。
この楠木は幹周り12m以上もあり、樹齢約550年。
樹齢/約550年、幹周り/12m
墓所・正面 府の史跡に指定。
墓所の周囲は石柱で囲まれている。
所在地:大阪府四条畷市雁屋南町27-5
撮影日:2013・10・22
指定:大阪府指定天然記念物(S46年3月31日指定)
アクセス:JR学園都市線・四条畷駅から北西に500m徒歩5分
(楠木正行公の墓所正面)
説明板では、
この地は南北朝時代の正平3(1348)年、小楠公こと楠木正
(まさつら)が足利尊氏の武将高師直(こうのもろなお)の大軍と
戦い(四条畷の戦い)で敗れて戦死して葬られた地で、府の
史跡に指定されている。楠木正行の死後、小石碑が建てられて
いたが、その後、石碑の両サイドに2本の楠木が植えられた。
歳月が過ぎ2本の楠の木は1本に合し、その石碑は木の中に入り込んで
しまったとのこと。
明治23年4月には墓所前の道を山手に真っっすぐに行った飯盛山
の山麓に正行を主祭神とする四条畷神社が創建ている。
楠木正行といえば南朝の忠臣・楠木正成の婿子で、正成を大楠公と
称するのに対して正行は子楠公と呼ばれていた。ちなみに正成は
神戸市の湊川神社に祀られている。まあた京都・嵯峨の宝筐院には
楠木正行の首塚と伝わる石塔がある。
この楠木は幹周り12m以上もあり、樹齢約550年。
樹齢/約550年、幹周り/12m
墓所・正面 府の史跡に指定。
墓所の周囲は石柱で囲まれている。
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