原文:花辺姐姐(苗族民話)
昔、苗族に一つの村があり、そこに一人のきれいな娘さんがいました。彼女は、レースを織るのが、村でいちばん上手でした。他の娘たちもレースが編めましたが、一人として彼女のように上手に織れる者はいませんでした。彼女がレースにに編み上げた花や草、それに鳥や獣は、本物のようで、本当に生きているようでした。そこで、
みんな彼女を花辺姐姐と呼んでいました。
花辺姐姐が織り出すレースは誰からも喜ばれました。もし、誰かが、彼女の編んだ レースを手に入れたら、着物の襟、または、袖口に縫い付けるなどして、必ずうれしそうに言うのでした。「ほら、見て!これがあの花辺姐姐が編んだものよ。」 そう言いながら、胸を張り、見れば見るほど得意になるのでした。
付近の村の娘たちがみんな彼女のところにやってきて、レースを習いました。花辺姐姐は熱心に教えました。しかし、彼女たちは花辺姐姐と同じように上手に織ることができませんでした。花辺姐姐は励まして、「一生懸命学べば、きっと上手に編めますよ。」と言いました。
花辺姐姐の名声は遠くまで広がり、とうとう大王の耳にも伝わりました。大王は家来を口汚く罵って言いました。「こんなにきれいで、しかも、美しいレースが織ることができる娘がいるというのに、どうしてわしに話さなかったのだ?」 そう言って、彼は、すぐに、何人かの頭目に命じて、大勢の兵士たちとともに花辺姐姐をさらいに行かせました。
花辺姐姐は抵抗しました。それに、数人の娘たちが彼女を囲んで連れ去るのを邪魔しました。兵士たちは彼女を囲んだ娘たちを手で追い払い、花辺姐姐をさらい、小さな駕籠に押し込めた。花辺姐姐は駕籠の中から頭を出して、娘たちに向かって、「私はきっとあなたたちにレースを教えます。たとえ死んでも何とかしてあなたたちに教えに戻りますから。」そのまま、兵士たちは駕籠を担ぎ、走り去って行きました。
兵士たちは花辺姐姐をかついで、走る、走る、まっすぐに大王のもとへたどり着きました。大王は大きな腹を突き出して、自ら手を貸し、花辺姐姐を駕籠から出しました。
花辺姐姐は言いました。「私は娘さんたちの所へ、レースを教えに戻らなければなりません。」
しかし、大王が彼女を帰すことなどありえません。彼は声を荒げて言いました。「夢みたいなことをいうな。おまえは、生涯、帰ることなど考えてはいけないのだ。」
花辺姐姐は愛する村を想い、彼女について花の縁取りを習っている娘たちのことを想い、大王をひどく憎みました。ちょうど大王が手で彼女を引っ張ろうとしたので、彼女は思い切りその手に噛みつきました。
大王は怒って、花辺姐姐を牢に入れました。
次の日、大王は大きな腹を突き出して、おおいばりで、牢の入り口まで来て、花辺姐姐に言いました。「娘さん、お前はわしに従いさえすれば、ここで幸福を味わえるのだぞ。食べ放題、着放題で富貴を極めつくせるのだ。おまえのあの貧しい村とは比べ物にならないくらいずっとすばらしい暮らしができるのだぞ。」
花辺姐姐は大声で言いました。「私の村は山紫水明のすばらしいところです。わたしはわたしの村が大好きです。わたしの兄弟たちは畠を耕します。わたしはその兄弟たちが大好きです。わたしの姉妹たちは山へ登り、畑に鋤を入れ、帰ってきたら、レースを編むことができます。私はこの姉妹たちが大好きです。私たちの幸福は働くことです!わたしはあなたのような悪い人を憎みます!あなたのような悪党を憎みます!死んでもここにいたいとは思いません!」
彼女の話は何本もの矢を射るように大王の耳につきささりました。大王は頭がぼんやりとし、目がくらみ、耳がガンガンと鳴るように感じました。彼のそばにいたある頭目が言いました。「大王、この口の黄色い小娘は普通じゃありません。殺してしまいましょう。」
大王は顔色を変え、目を見開き、この頭目に言いました。「この娘は、こんなに美しく、しかも、美しいレースが編めるのだぞ。わしは大部隊をやって、山を越え峠を越え、この女を迎えたのだぞ。それなのに、お前はわしに代わって、彼女を説得しようともせず、なんと、彼女をわしに殺させようとしている!お前はわしに背くつもりか。」大王は振り返って、兵士たちに言った。「こいつを連れ出して首をはねろ。」
兵士たちはこの頭目を引きずり出して、「ザクッ」と、首をはねてしまいました。他の者たちは、これを見て、顔を真っ青にして、まるでマラリヤにでもかかってしまったように全身を震わせました。
その時、別の頭目が口を大王の耳の穴に近づけ、こそこそと一言二言ささやきかけました。大王は頷いてから、口を歪めて笑いながら、花辺姐姐に言いました。「お前はレースの腕前がすばらしいそうだが、それなら、わしのために織ってくれるか。お前が、もし本当に鳴いたり跳ねたりする一羽の雄鶏を編み出すことができたら、お前を村に帰してやろう。もしできなかったら、お前は生涯、わしに従わなければならない。どうだ?」
大王は織物台と色とりどりの絹糸、その他に針、はさみ等をすべて獄舎の中に投げ入れました。「七日以内に編み上げるんだ。」大王はそう言って、さっさと立ち去りました。
花辺姐姐は目に涙をため、監獄の中でレースを織り始めました。彼女は、編んで、編んで、七日目にとうとう一羽の雄鶏を織り上げました。しかし、雄鶏は鳴きもしなければ、跳ねもしなかった。花辺姐姐は小指を噛んで、流れる血を雄鶏のとさかの上に滴らせました。とさかは真っ赤な血の色に染まりました。花辺姐姐が瞬きすると、一滴の涙が真珠のようにこぼれ落ち、雄鶏の口の中に転がり込みました。「パタ」と、音を立てると、雄鶏は羽を羽ばたかせ、立ち上がりました。
彼女は、雄鶏の五色の羽をなでながら、「これで家へ帰れる。これで愛する兄弟姉妹に会える」と思って、上を向いて微笑みました。
大王が、また大きな腹を突き出して、偉そうに牢屋に入ってきました。彼は一目雄鶏を見ると、驚いてぼんやりとしました。しかし、彼はすぐに思いつき、嘘をつきました。「これは俺の家から逃げ出した雄鶏だ。お前の織ったものじゃない。お前はもう一度、山にいる鳥のシャコを編むのだ。お前がもし一羽の生きたシャコを編み出したら、すぐにでもうちへ帰そう!期限はまた七日だぞ。いいな!」
その時、大きな雄鶏がふいに飛び上がって、大王の頭の上で首の毛を逆立て、叫びました。
「コッコッコッコ、花辺姐姐よ!憎たらしい大王め!」
これには、大王も家来たちもみなびっくりしました。彼らは、寄ってたかって、雄鶏を追い出そうとしました。雄鶏は爪を伸ばして、大王の額を引っかき、幾筋かの血が滴る傷をつけて、羽を羽ばたかせ、花園の方へ飛んで行き、見えなくなってしまいました。
大王は額を手で押さえながら出て行きました。
花辺姐姐は、また、目に涙をため、牢獄の中で、レースを編み始めました。織って、織って、七日七晩かけて、ついにシャコを織り上げました。しかし、鳴きもせず、飛びもしませんでした。花辺姐姐は中指を噛み、滴る血をシャコの羽毛の上に垂らしました。羽毛はまだら模様に赤く染まりました。また、花辺姐姐が瞬きすると、滴る涙が真珠のように落ちてきて、シャコの口の中にころがりこみました。「パラ」と音をさせて、シャコは立ち上がりました。
花辺姐姐は、まだら模様に赤く染まったシャコの羽をなでながら、「これで家へ帰れる。これで愛する兄弟姉妹に会える」と思って、上を向いて微笑みました。
大王が、また大きな腹を突き出して、偉そうに牢屋に入ってきました。彼はシャコを一目見て、驚きましたが、すぐに嘘をつきました。「娘よ、お前は間違ってる。わしは天上の竜を編み出すように言ったのだ。誰が山のシャコを編めと言ったのだ。今から、お前に七日間やるから、飛んだり鳴いたりできる竜を編み出すのだ。うまく編み上げられたら、お前をうちへ帰そう。織り上げることができなかったら、お前は永遠にわしに従うのだ。」
その時、突然、シャコが飛び上がり、大王の肩の上に止まり、嘴を広げ、叫びました。
「クックック、花辺姐姐、かわいそう!恨めしい大王だ」
これには、大王も家来たちもみなびっくりしました。彼らは、寄ってたかって、シャコを追い出そうとしました。シャコは爪を伸ばして、大王の首を二、三回こっぴどく引っかき、血が幾筋か滴るひっかき傷をつけ、羽を羽ばたかせ、樹林の方へ飛び去ってしまいました。
大王は首を押さえながら出て行きました。
花辺姐姐は、また、目に涙をため、牢獄の中で、レースを編み始めました。織って、織って、七日七晩かけて、ついに小さい竜を織り上げました。しかし、小さな竜は鳴きもせず、飛びもしませんでした。花辺姐姐は親指を噛み、滴る血を小さな竜の体の上に垂らし、一頭の小さな赤い竜に染め上げました。目の色も赤く染めました。また、花辺姐姐は瞬きすると、滴る涙が真珠のように落ちてきて、竜の口の中に転がり込みました。すると、突然、一尺あまりの小さな竜がにょろにょろと動き始めました。
花辺姐姐はピカピカ光る竜のうろこをなでながら、「小さくて赤い竜よ、あなたは生きてるけれど、大王はまた嘘をつくわ。彼は、『わしは海の中の魚を織るように言ったのだ。誰がお前に天の竜を織れと言った?』と言うに決まってるわ。どうやら、私の命は大王の掌中に握られてしまいそうだわ。」
大王が、また大きな腹を突き出して、偉そうに牢屋に入ってきました。彼は小さな赤い竜を一目見て、すぐに嘘をつきました。「これは蛇だ。竜じゃない。」
その時、小さな赤い竜が首をもたげ、目を見張り大声で怒鳴って言った。
「大王は大悪党だ、大王は大悪党だ! 焼いて炭にしてしまえ!」
小さな赤い竜は背を丸めると、あっという間に一条の幾丈もある大きな赤い竜に変わりました。大きな口を開け、一塊の火の玉を噴き出しました。火の玉は転がって、大王を焼き殺し、家来の悪党も焼き殺し、宮殿も焼き払いました。
大火は大王の住んでいる地方を七千七百四十九日間焼き続けました。大王も頭目も宮殿も獄舎もすべて焼けて灰になってしまいました。
花辺姐姐も焼け死んだのでしょうか。いいえ、大きな赤い竜が天に昇って行くのを、その背に一人の娘が乗っていたのを見たという人がいます。その娘は花辺姐姐に違いありません。彼女が死ぬなんてどうして信じられるでしょうか。
それからは、雨が降った後、空にはいつも、いろいろな色をした一本の虹が出現します。苗族の娘たちは、空にかかる虹を指して、言います。
「これ、花辺姐姐が天上で編んだレースだよ。彼女は言ったわ。私たちにレースを教えに必ず戻ってくるって。死んでも何とかして私たちに教えに来るって!ほら見て!花辺姐姐は、自分の織り上げたレースを空に掛けて、見本として、わたしたちに見せてくれてるのよ!」
原文:《花辺姐姐》
花辺:レース。
姐姐:娘さん、お姉さん。
シャコ:キジ科シャコ属の鳥の総称。茶褐色の羽毛を持つものが多くコジュケイに似ている。約40種がアフリカ、アジア、ヨーロッパに分布。
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