地下鉄茗荷谷の駅から少し歩いて、ゆるい坂をおりるような感じで着いた。
小石川植物園は日本で一番古い植物園。そこは寺田寅彦22歳、妻夏子17歳の若い夫婦が明治34年(1901年)の2月に訪ねた植物園でもある。
随筆「団栗」の舞台の寅彦と夏子はどのあたりでそれを拾ったのですかと入口の事務所で尋ねてみた。
係りの女性は親切ていねいに園内地図に印を記してその場所を教えてくれた。
それでもみんなが通る園内通路には悲しいかな、団栗は一個も落ちてない。
時期は同じ2月だというのに、これも時代の相違なのかとなかばあきらめムードであたりを見回す。
しかし、椎の木などの見える少し小高い所に足を踏み入れたとたん「あったー」と連れに思わず叫んでしまった。「こいも、こいも~」。
夏子や娘のみつ坊ではないけれど、びっくりするくらいに団栗が顔を見せている。
ハンカチで包み込むほどの数ではないけれど、それは嬉しかった。
121年前の夏子に思いをはせて団栗を集める。
園内の植物も道も階段も、昔と何一つ変わらない。そんなふうに見受けられる小石川植物園。
東京大学の直営植物園だからこそそれができるのであろうか。
新しいものが良しとされる昨今。このような昔のままの姿をいつまでも残してほしいと園内で何度思ったことか。
古くても良いものは世の中にたくさんある。
小石川植物園がそれをしっかりと示してくれた。
そして、夏子の薄命とみつ坊の姿が頭をよぎった。
「心に残る旅(12) 小石川植物園は寅彦の団栗の舞台」