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■義経黄金伝説■第37回

2005年02月17日 | SF小説と歴史小説
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■義経黄金伝説■第37回(60回完結予定)   
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第6章  1189年(文治五年) 平泉

■1 1189年(文治五年) 平泉
 文治五年(1189)4月30日』
「もはや、これまでじゃ。義経殿を高館を襲え」
 奥州、藤原泰衡は、目の前に揃う武者に命令を下していた。激情で目の前が
真っ赤になっているのだ。
奥州藤原の武者たち500騎乗は「おう」と鬨の声を上げる。
藤原秀衡がなくなりまだ、2年とたたない。泰衡は平泉で兄弟や部下の粛正を
つくかえしている。自分の命令を聞かない部下や弟を亡き者にしていた。
その滅亡へ、自ら進んでいるのだ。

武者は、義経がいる高館を目指して駆け寄ってくる。高館の物見がきずく。
高館に火矢が打ち込まれる。
泰衡の軍勢は、半刻後、高館を取り囲んでいた。逃れる道はない。高館へ
のすべての道は兵で塞がれている。

「高館が、燃え上がっております」
 燃え上がる高館近く、北上川の対岸で、西行と静が二人していた。
「くそ、まにあわかたか。静殿、残念じゃ、」
「静殿、義経殿にあのこと伝えてられよ。聞こえるかも知れぬ」
西行は静を促した。
 西行は。高館にいる義経に伝えよう叫んでいる。
「殿、和子は生きておわす」

遠くから、静は義経に呼びかける。聞こえているのかいないのか義経の姿は望
見できない。
「殿、わ、和子は…頼朝様のご慈悲で生きておわす。和子の命、お守りくださ
ると約定いただきました。これは政子様も、ご承知になられております」

義経の姿が見えたような気がした。、静の姿にゆっくりうなずき、炎の中に入
って行った。
 火の手が高館すべてにまわっている。
 外から呆然と見上げる西行と静。
「さあ、もうよかろうぞ」
「義経さま……」
静は、高殿の方へ声を限りに叫んでいる。

高館の中、
「もはや、これまでか」義経はうめいている。
「義経様、どうぞ、ご準備のほうを」
 東大寺闇法師、十蔵が、義経そっくりの顔で言う。十蔵は西行の命令で、こ
の地にいるのだ。
「十蔵、私だけが助かる訳にはいかん。私を信じてついてきてくれた郎党たち
も、助けてくれ」
「義経様、それは無理というもの」

 義経の回りには弁慶始め郎党たちが、取り囲んでいる。皆、覚悟を決めてい
るのだ。
「どうぞ義経様、お逃げくだされ。我々はここで討ち死にし申す」
弁慶が涙ながらに言う。
「そうです。それが日の本のため」他の郎党も続けた。
「どうか頼朝殿に無念をはらされよ」
「弁慶、自分だけいい子になるなよ」
「よろしいですか。義経様は我々の宝。いえ、この日本の黄金じゃ、どうか生
き延びてくだされ」
「武者は戦場で死ぬものでございます。我々、義経様のために死ぬこと、恐れ
ませぬ。むしろ誇りに思います」
「我々は、平氏との、幾たりかの、戦いを、楽しませていただきました」
「武勇こそ武士の誇り]
「義経様…」
「俺は良き友を持った」
義経のほおを、滂沱の涙がしたたりおちている。義経は、その涙を拭おうとも
しない。
「友ですと。我々郎党をそのように…」
 義経の郎党、全員が義経をとりかこみ泣いている。皆、胸に込み上げて来る
ものがあるのだ。

 弁慶は思った。これは愛かもしれんな。衆道ではない。仏門で、衆道は当た
り前だが、俺の義経様への思いは、やはり愛だろう。そうでなければ、もとも
と俺は後白河上皇様の闇法師じゃ。鎌倉殿の情報を取り入れがために、義経様
に近づいたのじゃ。

 弁慶は不思議に思った。そして時折、後白河法皇の憂鬱げな顔を思い出
していた。弁慶を見る法皇のまなざしには何かがあった。家族愛、不思議な感
覚であった。弁慶は、また、一個の後白河法皇の闇法師、いわば法皇の捨てゴ
マだった、その男に対し法皇のまなざしは何かを告げようとしていた。法皇は
、今でもまだ、白拍子を呼んで、今様を口ずさんでおられるのだろうか。弁慶
は遠く、京都にいる法皇を思った。

「泣いている暇など、ありません。早くお逃げくだされい」
東大寺闇法師、十蔵が冷水を浴びせる。
「何じゃと、人間の感情がわからぬ奴じゃのう、お主は」
 弁慶が涙で目を一杯にしながら、十蔵にけちをつける。
「弁慶殿、俺らが東大寺闇法師の命は、目的のために捨てるのが定法。今がそ
の時。一刻も猶予はならんのじゃ」

「十蔵殿…」
 義経が十蔵の肩に手を乗せた。
「済まぬ。私がごときのためにのう。命を捨ててくれるのか」
「何をおっしゃいます。奴輩は、炎の中で死ぬが本望。先に東大寺での戦で、
多くの部下を殺しておりまする。また目的に死ぬこと、東大寺の闇法師として
恐れはいたしませぬ」
「すまぬ。許せ。皆、さらばじゃ」

 義経は、地下につくられた坑道から消える。十蔵が支度し、施工した坑道で
あった。
「東大寺勧進職、重源殿の絵図、役に立ったな」
弁慶がひとりごちた。

 やがて平泉、北上川を見下ろす北政庁北西の小高い丘にある高館に、藤原泰
衡の軍勢がわれさきになだれこんできた。
「お主ら、ここから先は地獄ぞ。わしが閻魔大王ぞ」
 その弁慶めがけ、数十本の矢が打ち込まれていた。
 弁慶は一瞬、たじろぐが、再びからだを動かし
「ぐっ、これは、これは、泰衡殿の武者もなかなかのもの、けつして平家にひ
けはとらねのう」
弁慶は。泰衡の兵に打ちかかっていく。
「こやつは化け物か」
 泰衡の兵共がその生命力に驚いている。

西行と静は、まだ対岸にいた。静は、うなだれている。
「静殿、さあ、今上の別れじゃ。一節、薄墨の笛を吹いてくださらぬか」
「西行様、酷なことをおっしゃいます。それに果たして、義経様に聞こえるか
どうか」
「何をいわれる。ここが静殿の見せ場ぞ。静殿の義経殿への愛の証し、ここで
遂げられよ。義経殿の旅に趣向をなされ。それが、静殿のお持ちの薄墨
の笛じゃ」
 西行は文学者であった。この殺戮の場においても、文学者的な演出を試みて
いる。それが、静には奇妙に思われる。この方は何をお思いか。

「薄墨の笛」これは代々源氏の長者に受け継がれる、鋭い音色の出る笛、竜
笛である。昔から、中国では竜の声として言われているのである。
 静は、この笛を、吉野で義経と別れた時にもらっている。太郎左たちに襲わ
れたときも肌身離さず持ち歩いていたのである。

「よいか、静殿、最後の別れじゃ。一節吹かれよ」
西行は、静に命令している。
「西行様は、酷なことをおっしゃる」
「静の愛の表現を、この場でされよ…、義経殿とは、もう二度とはこの世の中
で会えぬのだ。別れを惜しまれよ」
 静は、涙ながら笛を手にした。

 高館の火の手は、一層燃え上がっている。
 炎を背景に、笛を吹く静の姿は、妖艶であった。静の目の色は、今や狂人の
それである。悲しい音色が、いくさ場の中で、旋律を響かせている。
『十蔵殿、頼んだぞ。このあいだに義経殿は、お逃げくだされい』
 西行は心の中で叫んでいた。静かにすら義経が逃げる事は教えていない。
「ああ、義経様」演奏の途中で、静は崩れ落ちる。
 西行は、静を抱き起こし姿を消そうとした。
藤原泰衡の軍勢が、北上川対岸にいる、西行と静に気づき、こちらにむかって
きたからである。

東大寺闇法師、十蔵は高殿の炎の中、僧兵の雄叫びを聞いたような気がした。

(ここが死に場所。平泉、高館。そして義経殿の身代わり。
何とよい死に場所を、仏は与えてくれたものか。東大寺の大仏を焼いてしもう
た、部下の僧を助けられなかった責任は、これで少しは心がやすんじられよ
う)

 悪僧(僧兵)の頃に、心は戻っていた。紅蓮の炎を見ながら、十蔵は思った。

心は、その時に舞い戻っている。

奈良猿沢の池のまわりに、僧兵の首のない死体がごろごろ転がり、地面を流れ
た血糊が、地を、どす赤黒く染めあげている。
 東大寺、興福寺の伽藍の燃え上がる紅蓮の炎は、火の粉を散らせる。死体を
くすぶらせる煙が舞っている。えもいわれぬ臭みが、辺りを覆っていた。空は
昼というのに、炎のため浅黒く染まって見える。
 あちこちの地面に差し込まれた棒杭の先には、平家の郎党に仕置きされた僧
兵の首がずらりと無念の形相を露にしていた。
ここが死に場所、熱さが十蔵の意識をおそう。
紅蓮の炎が重蔵の体をなめ尽くした。

東大寺闇法師、十蔵の体は、義経として滅びた。
(続く)
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