うずくまっていた自分

2024年02月23日 | 日記

うずくまっていた自分


『素敵な十六歳』を 私は十三の歳に聞いた
『悲しき六十歳』を聞いたのも おなじ歳だった

今私は 母の子守歌を聞いた歳を思う
いつの間にか自分は
母が死んだ年齢より 十年も多く歳老いた

記憶の中で
今の自分の歳より若い母が 
病院のベッドに 横たわっている

あれから自分は 老いただろうか
肉体は 老いて衰えて 
そして病んでいる
けれど私の心は 老いただろうか

母が死んでから
私は もう老わなくなった
親の歳を 追いかけることを
やめてしまった

私の心は ますます幼くなっていく
目を閉じると 私の記憶は
幼児の頃に 戻っていく

昨日のことより 若い頃のことより
子供の頃のことより 
幼児の頃のことが 記憶によみがえる

裏庭のイチジクの葉をすかし
座敷の畳の上に差していた陽のひかり
黄金の日だまりが 
這いずる私の小さな指の先に
まぶしくゆれていた
人声は聞こえない
憶えているのは スズメの鳴き声と
母の気配だけだ

あぁ それはたぶん
弟が生まれてくるまでの 三年間の記憶なのだ
あぁ そうだったのだ
弟が生まれてきてから
私は 私でなくなってしまっていたのだ

覆いの布のかかった鏡台
右がわの引き出しにあった白粉の匂い
シンガーの足踏みミシン
鋳物のペダルとミシン車を繋いでいた
茶色のゴムのベルト

あの三年間が 私が私であった一生だったのだ
弟が生まれて 私は 私を捨てたのだ
私は 私に捨てられたのだ

捨てられた私が 私の中で
すっとうずくまっていたのだ

母は 子守歌を歌ってくれただろうか
私の中にすり込まれている子守歌は
やはり 母が歌ってくれたものだろうか

私だけのものだった
母の気配が恋しい
うづくまっていた自分が 泣いている

 


シュレディンガーのねこ

2024年02月22日 | 日記

シュレディンガーのねこ


その家に生まれ その家に育ち大きくなったとしても
ねこには 飼い主の知らない秘密があるものだ

ねこたちには お勤めがあるらしい
時々 残業や徹夜もあるらしい

冷え込む朝 どこからか帰ってくると
ぐっすりを いびきをかいて 眠っている

ねこたちは 何人もの飼い主を
掛け持ちしている

夜の塀を 乗り越えて
ねこたちは 平行宇宙を
ひょいひょいと 
行き来しているらしい

鼻の頭を 撫でながら
布団の上のシュレディンガーのねこの実在を
確かめる 


芋のうた

2024年02月21日 | 日記

芋のうた


蒸し芋の 病みせし部位の 愛おしき
除きて食める 我もまた持つ

蒸し芋の 固きところ 黒きところ
我が身のうちにも 在るらし

病める芋の まだ喰えるところ
惜し見て食める 拝みて食める


老人は十五で死ぬ

2024年02月19日 | 日記

老人は 十五で死ぬ


私の手は 老人の手だ
アル中で震えていた 血管の浮き出た
大叔父の手だ
私の顔は 老人の顔だ
頬のたれた 白い無精髭がまばらだった
父親の顔だ

肉体は 成長し 壮年を迎え
そして 老衰してゆく
血管は硬化し 血液は巡りづらくなり
皮膚はたるみ つやを失ってゆく

しかし 私の心は 十五のままだ
十五のままで 私の心は 
だんだん 頑なになってゆく

私の心は 老いてゆかない
十五のままで 私の心は
ますます わがままになってゆく

未熟なままの制御できない心が
老成したはずの自分の世間面を
冷笑する

老人は 老人を演ずるが
十五のままの 自分の心は
いつか 肉体を破って表出する

老人を演ずるのをやめるとき
それは 自分が死ぬときだろうか
それとも ぼけて自分が分からなくなるときだろうか
それとも 狂って 何か犯罪を犯すときだろうか

老人のままで 死ねるか
十五のままで 死ねるか

私の肉体は 心よりも早く老いる
早老症を患っているのか
それとも 私の心が
肉体の老化に追いつけない
遅老症に罹っているのだろうか

老人は 十五で死ぬ


月のうた

2024年02月16日 | 日記

 

時代の手に 縊るらし 我れが首

眼球を磨く Dusr my bloom

鉄とゴムに生き 硝煙を知らず

月の海 パロロ DNAの踊り

払暁の ダリの海に 月辷る

夜嵐の 明けて満月 置き忘れ

満月に気付き お父さん お母さん

今朝は どうして高い 大安の月

夜働く者 たひらけく 月命(つきみこと)

安全靴と安全帽 月見上ぐ

月見上げ お父さん お母さん

葬式を 終える 月が出ていたね

弔いを終えて 真白き 土手の月

身半分 えぐられし月 母を恋う

立春の朝 おお エルンストの月

月を頂いて 働きに出る

星廻らせ 我をことほぐ 月天子

父母が 我に残せし かたみ月

慎みて 身つつしみて 月見上ぐ

ミロの夜 月踊る 星踊る

大乗の 生物学 月ご本尊

真っ暗な線路 見下ろすと 月のかけら

雪月夜 猫の尻尾に ぶら下がる

月が霧吐く 街に霧笛が 届く

彼岸の朝 かたみ月 探せで悲し

春夜月 桜献上 お母さん

お父さん 見守ってください 月見上ぐ

月半分 小鳥殺しの 桜の朝

とげ抜いて 月にかざす 血が甘い

うつ病の 海から月に 両手伸ぶ

せつない手紙 読み捨つる むごき春

春眠の 暁に 月のぼる