怪談

2024年03月19日 | 日記

怪談


理不尽が行われれば 人の心に鬼が生まれる
理不尽がはびこれば 妖怪が街の闇に住みつく
理不尽が正されなければ 怪談が夜の巷でささやかれる
理不尽がまかり通れば 幽霊が怨みの形相で顕われる

理不尽を許さぬ心が 鬼の姿となって
理不尽を犯す者を とり殺す
理不尽に踏みにじられた悲しみが 妖怪となって
理不尽を犯す者のそばで 跳梁跋扈する
理不尽にほうむられた惨めさが 怪談を増幅させ
理不尽を犯した者を 怪談の中に引きずり込む
理不尽に犯された惨めさが 幽霊となって
理不尽を犯した者に 怨みの復讐を果たす 

鬼が 人に取り憑き始めている
人が 妖怪に化け始めている
現実が 怪談になり始めている
幽霊が 人の怨みを晴らそうとし始めている

人は 怪談の中に住み始めている
理不尽を 精算するために
理不尽を犯す者に 落とし前をつけるために
彼らは 決して往生しない

 


その死

2024年03月19日 | 日記

その死


親のない子は 幸いなのかもしれない
子のない夫婦は 幸いなのかもしれない

親に捨てられる子は 幸いなのかもしれない
子に捨てられる親は 幸いなのかもしれない

果たせぬ夢は 幸いなのかもしれない
かなわぬ恋は 幸いなのかもしれない

貧しい老人は 幸いなのかもしれない
友をもたぬのは 幸いなのかもしれない

あきらめて生きるのは 幸いなのかもしれない
呆けて生きるのは 幸いなのかもしれない

未来に目を背けるのは 幸いなのかもしれない
愚かなことにかまけるのは 幸いなのかもしれない

見捨てられるのは 幸いなのかもしれない
忘れられるのは 幸いなのかもしれない

その死に 誰が なにを言えよう
その死は 幸いなのかもしれない

 


蜂の巣

2024年03月07日 | 日記

  蜂の巣


地球の生命力は 明らかに失われている

それは 人間の振るまいの精なのか
そうではない理由のためなのか
あるいはその両方なのか 私は知らない

人間の振るまいの精だったとしても
人間はその振るまいを 改めはしない 
もう遅すぎるし 人間は利口じゃない
他者を生贄にすることは出来ても
自分を生贄にすることは 決してしない

地球の生命力は 明らかに失われている
私の子供時代 当たり前に生きていた生き物たちが
ほんとうに いなくなってしまった
ほんとうに いなくなってしまったのだ

去年の春先 困ったことに 
雀蜂かどうか知らないが 
玄関先に ちいさな巣を作った
玄関先に出来た蜂の巣の蜂たちは
いかにもけなげで 
自分には 駆除することもためらわれた
夏には 活動も数も増え 巣もやや大きくなりかけたが
秋には 数も増えることなく 活動も衰えた
巣は この老人の拳の大きさにも満たない
いつか処理しなければならないと思っていた巣は
明らかに病み始めていた
それでも蜂たちは 巣を守り活動している
蜂たちの生命力は なぜか乏しい
巣の中には まだ小さい彼らの生命が宿っているのだろうか
巣を守る彼らは 飢えているのか 
それとも病んでいるのか 私には分からない
秋の長雨に 巣は茶色く 腐り始めている
初冬 巣の下に 彼らの死骸が落ちている
すでに 巣の中に宿っているはずの生命の気配はない
腐りかけた巣の影で
幾匹かの生き残りの蜂が 
温かい陽光に 余命を貪っている

間もなく 
彼らの地球は 干からびた残骸になった

冬の朝
彼らが浴びていた陽の光の中で
私は 彼らの地球を 叩き落とした
 
地球の生命力は 明らかに失われている
若者たちの生命力は 乏しい
私の子供時代に 当たり前に生きていた生き物たちが
ほんとうに いなくなってしまった
子供たちが  いなくなってしまった


自殺怪談

2024年02月27日 | 日記

自殺怪談


自殺という言葉を 規制しても
自殺は 無くなりはしない「」

自殺という言葉を 無くしたところで
自殺は 無くなりはしない

新聞やテレビやネットから 
自殺という言葉を 消し去っても
自殺は 無くなりはしない

自殺という言葉を 殺したら
自殺者は うらみの幽霊となって
都市の怪談の間を さまよい
増幅し 変容し
さらに生きている者を 呪う

亡くなった者を
生きている者の都合で
殺してはならない

生きている者は
彼らの死にざまを
受け入れるのだ

それが 彼らへの
供養なのだ

 


父母のまなざし

2024年02月25日 | 日記

父母のまなざし


病室の窓から見える朝空
ぽっかりと 一つだけ
色の違う雲が 浮かんでいる

まるで 自分と対峙するように
こちらを のぞき込んでいる

私が それに気付くと
その雲は 逃れるように 東の方へ
紅みを増しながら
やがてそれも薄くなり 消えてしまった

追っていた目を戻すと
自分の正面に ふたたび同じ雲が
姿を顕し始めている

昨夜 遅れた手術を終えて
今朝は 追い出されるように
退院する