老婆独言
この世は 幸福地獄 罪業天国
光のお姿が 影の衣を纏っているように
闇の怪体も 綺羅の光の衣を纏っているものじゃ
人の生というものが 死でもってようやく成るように
死というものも 生の中にこそ 姿を顕すものじゃて
弱肉強食の世の中じゃ
弱肉の者たちの赴く慈国
強食の者たちの行く天獄
金の上に金を積み上げる業つく者の貧しさよ
足らぬを なお施しあう貧しき者の豊かさよ
人さまの目には 哀れみじめに見えようが
世間の業つく者よりは わしゃ豊かじゃわい
わしゃ独りで死ぬが
誰だって死ぬときゃ 一人じゃないかい
心中でもせん限り
不幸な事故にでも 合わん限り
一人で死ぬのが あたりまえ
一人で死ぬのは 好い事じゃ
身体も腐れば 悪臭を放つ
それもしばらくの事
少しは 我慢して下され
骸のお世話は お互いさまじゃ
少しくらいお世話になったとて
バチは当たるまい
こちらは 放っておいてくれたに
さわりがあるわけも無し
誰も 弔ってもらおうとも 思っておらぬわい
まだ息があろうが無かろうが
わしの骸を汚がり
迷惑がるのは そちらの勝手
嫌なら 川へ流すなり 鳥や獣に喰わせるなり
わしには どうでも好いことじゃ
誰も わしを弔おうと思うて下さるな
経や戒名なんぞ まっぴらじゃ
そちら様の都合は
わしが目に触れなければ好いだけのこと
分かっておるわい
せいぜい わしを哀れと思し召せ
鏡に映る己が姿と気付かずに
己が葬式と墓のために
せいぜい 余生と蓄えた財を費やしなされ
もとめて尽きぬ心の貧しさに
死ぬまで追われて行きなされ
わしゃ 貧しい御仁は嫌いじゃ
老い先短い刻の間を
独りでゆたかに過ごしたい
ひと様の自まん話は 聞きとうない
ひと様の手がら話は 聞きとうない
ひと様のありがたい話は 聞きとうない
ひと様の悩みや心ぱい事は 聞きとうない
わしゃ 貧乏人じゃが
ひと様に 哀れがられる覚えはない
わしゃ もうすぐ死ぬ身じゃ
誰に 覚えておいてくれとも思わぬ身じゃ