アンコウ物語

徒然なるままに

除染打合わせ

2012-08-31 18:29:33 | 原発事故


2011年3月12日以降「警戒区域」となり、立入りが禁止されていた町が、2012年8月に

「避難指示解除準備区域」に変更され町内への出入りがいつでも出来るようになりました。
検問所は取り払われ、滞在時間等の制限はなくいつでも自宅に立寄りが出来ますが、
宿泊は禁止されております。町内への出入りが誰でも自由に出来るようになれば空き巣などが
増えることを危惧した町民や町会議員はこの措置に反対しましたが、町長の判断で政府の
この方針を受け入れました。町役場は、町民へのアンケートで「警戒区域」の解除に賛成と
反対が丁度半々であったと報告しています。

 2011年3月11日の地震以降、町内の多くは停電、上下水道の停止となり福島第一原発事故に
より全町民が避難しております。東日本大震災から1年5ヶ月が経過しましたが、地震の翌日の
避難以来町内の様子は何も変わらず当時のままです。原発事故以来除染もされず、放射線量も
同じ状態で何故「警戒区域」から「避難指示解除準備区域」に変更されたのか良くわかりません。
今、町内への立入りが自由に出来るなら事故直後も立入りが自由に出来た筈です。行政からの
明確な説明がなされるべきです。

先日、環境省から業務委託されたコンサルタント会社から自宅の除染の打ち合わせを行いたいと
連絡があり、自宅で担当者から除染についての説明を受けました。

屋根瓦は紙で拭く、拭き方は拭く紙の片側で夫々1回のみ、建物の壁も同様、駐車場などの
セメント部分は高圧洗浄水で洗浄、砂利、砕石部分は全て撤去して新しい砂利を敷設、道路部分の
砕石は新しい砕石を敷設した後振動ローラーをかける、芝生は出来るだけ短く刈る、畑の土は
反転耕、他の土は表土を3センチ削り敷地の一角に穴を掘って埋める、覆土用の土は穴を
掘った際に
出てくる土を使う、植木の枝打ちはしないが立ち会いの上指示を受ければ切る、
小川の中の砂利は
撤去する、池は高圧水で洗浄する、などの説明がありました。

 これ以外に倒れたユーカリの木の立て起し、芝生の倒れた噴水の擁立、枕木の除染、などを
要請し、
除染実施の際は立ち会うことにしました。雑草に覆われた畑の横で話をしていたら急に
イノシシが走って逃げて行きました。

以前、町の除染方法の説明では、芝生は剥がして新しい芝生を張ると云われましたが大分
後退しました。
屋根や壁の除染が紙で二回撫でるだけでは除染の効果はあまり期待出来ません。
恐らく除染の結果は
3割程度かそれ以下の線量低下に留まり、居住出来るような状態からは程遠い
ものと思われます。住民の多くは戻らず、
人口の減少した町に病院、スーパー、など生活に必要な
インフラが整備されるのはかなり先になるでしょう。
あるいは住民の数が少なくこれらの施設は出来ない
かもしれません。町は5年後までに住民が居住出来るように
環境を整えたいと考えているようですが、
果たして今後、町が存続出来るのか、大いに疑問と云わざるを得ません。
限りなく限界集落となって
行くような気がします。