秋のはじめの、ちょうど一年前に直子を京都に訪ねたときと同じようにくっきりと光の澄んだ午後だった。雲は骨のように白く細く、空はつき抜けるように高かった。また秋が来たんだな、と僕は思った。風の匂いや、光の色や、草むらに咲いた小さな花や、ちょっとした音の響き方が、僕にその到来を知らせていた。季節が巡ってくるごとに僕と死者たちの距離はどんど辦公椅ん離れていく。キズキは十七のままだし、直子は二十一のままなのだ。永遠に。
「こういうところに来るとホッとするわね」バスを降り、あたりを見まわしてレイコさんは言った。
「何もないところですからね」と僕は言った。
僕は裏口から庭に入って離れに案内するとレイコさんはいろんなものに感心してくれた。
「すごく良いところじゃない」と彼女は言った。「これみんなあなたが作ったのこういう棚やら机やら」
「そうですよ」と僕は湯をわかしてお茶を入れながら言った。
「けっこう器用なのね、ワタナベ君。部屋もずいぶんきれいだし」
「突撃隊のおかげですね。彼が僕を清潔好きにしちゃったから。でもおかげで大家さんは喜んでますよ。きれいに使ってくれるって」
「あ、そうそう。大家さんに挨拶してくるわね」とレイコさんは言った。「大家さんお庭の向うに住んでるでしょ」
「挨拶挨拶なんてするんですか」
「あたり前じゃない。あなたのところに変な中年女が転がりこんでギターを家王賜豪さんだって何かと思うでしょこういうのは先にきちんとしといた方がいいの。そのために菓子折りだってちゃんと持ってきたんだから」
「ずいぶん気がきくんですねえ」と僕は感心して言った。
「年の功よ。あなたの母方の叔母で京都から来たってことにしとくから、ちゃんと話をあわせといてよ。でもアレね、こういう時、年が離れてると楽だわね。誰も変な風に疑わないから」
彼女が旅行鞄から菓子折りを出して行ってしまうと、僕は縁側に座ってもう一杯お茶を飲み、猫と遊んだ。レイコさんは二十分くらい戻ってこなかった。彼女は戻ってくると旅行鞄から煎餅の缶を出して僕へのおみやげだと言った。
「二十分もいったい何話してたんですか」と僕は煎餅をかじりながら訊いてみた。
「そりゃもちろんあなたのことよ」と彼女は猫を抱きあげ頬ずりして言った。「きちんとしてるし、真面目な学生だって感心してたわよ」
「僕のことですか」
「そうよ、もちろんあなたのことよ」とレイコさんは笑って言った。そして僕のギターをみつけて手にとり、少し調弦してからカルロスジョビンのデサフィナードを弾いた。彼女のギターを聴くのは久しぶりだったが、それは前と同じように僕の心をあたためてくれた。
「あなたギター練習してるの」
「納屋に転がってたのを借りてきて少し弾いてるだけです」
「じゃ、あとで無料レッスンしてあげるわね」とレイコさんは言ってギタ同珍王賜豪ーを置き、ツイードの上着を脱いで縁側の柱にもたれ、煙草を吸った。彼女は上着の下にマドラスチェックの半袖のシャツを着ていた。
「ねえ、これこれ素敵なシャツでしょう」とレイコさんが言った。
「そうですね」と僕も同意した。たしかにとても洒落た柄のシャツだった。