「祈るときは、偽善者のようであってはならない」
(『マタイによる福音書』6章5節)
イエスは歴史上で、とても寛大にゆるしを与える人物だったが、イエスの教えの裏に隠れて行う偽善は黙認しなかった。
なかなか、厳しい。
「偽善者よ、まず、自分の目から梁を取り除け。
そうすれば、はっきりと見えるようになって、兄弟の目にあるおが屑を取り除くことができる」
(『ルカによる福音書』6章42節)
「偽善者たちよ、......『この民は唇で私を敬うがその心は私から遠く離れている......』」
(『マタイによる福音書』15章7~8節)
さらに、過激な宗教右派のあまりにもあからさまな偽善と慈悲心の無さ「も」受け入れることは出来ず、
そのような人々と向き合ったイエスは、すぐさま彼らを礼拝堂から追い出し、
そして、金持ちが天国に行くことは、ラクダが針の穴を通るくらいに困難だと明言したのである。
......なかなか、厳格というか、おっしゃることとなさることは厳しめ、であるように思う。
しかし、さらに、時代が下って、ローマ教皇フランシスコは、
「『私は正真正銘のカトリック教徒で、いつもミサに行っている』と言う人がいる......だが、彼らは従業員に適正な給与を支払わず、人々を利用し、汚いビジネスに手を染め、資金洗浄を行っている......そんなカトリック教徒になるくらいなら、無神論者であるほうがましだ。」
と述べている。
......えっ、教皇のお言葉なの!?最近なら東京地検特捜部の言葉ではないのか??と、私は目を疑った。
また、教皇は宗教上の偽善者に対してのメッセージとして
「あなたは天国にたどり着いて、その門をたたき『神様!私です。覚えておられませんか?私は教会に行きあなたのおそばにいました......私が献金したことをすべてお忘れになったのですか?』と話しかける。
『覚えています。しかし、その献金はすべて貧しい人からまきあげた汚い金です。
私は、あなたのことを認めません』
これが、裏表のある人生を送る恥ずべき者に対する神の答えである」
と発信した。
......おぉ。なんだか哀しいなあ。
イエスのいう偽善者が時代が下るごとに、金絡みの偽善者になってきた理由を考えていたが、
やはり、私は、ユダに拠る部分が大きいと思う。なぜなら、ユダの裏切りは終始かなり金がらみであるからだ。
ローマ教皇たちがそれを憎むのも致し方ないのかなあ......と考えてしまう。
(以下、ざっくりすぎる勝手な解釈が続きますが、あくまで私の想像です。)
ユダは、弟子の中では都会出身でだった。
日本以外でも、都会出身は格好いいらしい。
私も地方出身者だから、よーく、わかる。
ガリラヤ出身の他の弟子たちも、ユダなら、都会慣れしていてだまされにくいと思ったのだろうか。
ユダが、イエスの教団の財布を任せるには最も適任だ、となった。
イスカリオテのユダ、とよく呼ばれるが、カリオテ出身のユダというほぼ意味であり、カリオテには大都会の意味もある。
さて、パンの奇蹟の後あたりから、教団の風当たりが強くなり、ユダは財布係なので、教団の財政が苦しいことを知っていた。
だから、ユダは教団の財布から「少しずつ盗み」はじめるのだが、イエスにバレていないか常にビクビクしている。
(→マグダラのマリアが使う香油をすぐに貨幣価値に換算したりや他の財物にも換算するシーンなど、かなりユダが本来の信仰心からは離れて、金への執着を見せるシーンがある。)
いつイエスにバレるのかと、ビクビクしている生活に疲れたユダの金銭感覚、果ては心もついに崩壊する。
イエスをよくいう「銀貨30枚」で売る契約をしてしまう。
ところで、銀貨30枚は奴隷の値段である。
しかも、ユダは銀貨30枚を先払いで貰ってしまう。
これで後戻りが出来なくなってしまった。
後払いにすれば、イエスを売り渡すことを止められる機会も在ったし、悔い改める機会も在ったのだが、ユダは、それすら失った。
絶望したユダが、自らの命をも自らの失うことになった、あまりに悲しい結論は、世界の知るところである。
時代は下り、現在では、組織化された宗教にも、その限界が在り、数々の問題を生む場合があることを、私たちは知っている。
そして、私たちの多くが、世界の宗教の物語や信条に詩的な美しさを認めながらも、それらが事実として有り得ないこともわかっている。
また、戦争や紛争の背景に宗教を見るとき、そこには、神が自分をかたどって人間を造ったというよりも、人間が自らをかたどって神を造ったというほうがそれらしい、と感じる光景があるように思う。
さらに、自分の信じる神が、相手の信じる神より優れているなどという、単純で危険で哀しい考え方まで存在するが、それこそ非道徳的な宗教上の偽善者の考えである。
選ばれし民という考えは、自分勝手な主観の中だけにしかないし、戦争につながる宗教上の対立を橋渡しするものでしかないのだから。
ユダは、多くを失ったが、現代の私たちに
幸福な人はたいていプライスレスな身近にある大切なものに価値を置く人であり、プライスレスで身近にある大切なものに価値を置く人はたいてい幸福だ、と教えてくれているようである。
ここまで、読んでくださり、ありがとうございます。
クリスマスイブですね。
なんだか、よーし、クリスマスイブだから、
素晴らしいことを描くぞ、と張り切って2時間半くらい......途中で、日本の政治資金パーティーへの嫌味がちょくちょく混じり、
「内容と話のレベルが低下してゆくことは、私が描いているので避けられない」というかなしい悟りに「一瞬(だけ)」達したのですが、
やはり描くことが出来ることが楽しくて、
描くことが出来る場がある場が嬉しくて、
ただ開き直ったことを描きました。
さらに読んでいただけて、とてもうれしいです。
本当に感謝です( ^_^)
今日も寒いですが、体調に気をつけたいですね。
今日も頑張りすぎず、頑張りたいですね。
では、また、次回。
*見出し画像が、最近、地下鉄シリーズです、「現在」の駅から「未来」駅へ。路線を間違えずに乗れていると、いう祈りを込めて( ^_^)
Merry Christmas🎄いつもご訪問ありがとうございます!楽しいChristmasをお過ごしください!
Merry Christmasです!!
こちらこそいつもありがとうございます。
札幌の気温を拝見して寒さに驚く毎日です。
毎日の音楽も楽しみにしています。
starsさんも 素敵なクリスマスイブをお過ごしくださいね( ^_^)
お互い、
ステキなクリスマスに
なりますように🎄
テル
Merry Christmasです。
良いChristmasになりますように!
テルさん
Merry Christmasです。
お互い良いChristmasになりますように!