「…なぁーんてね。それ以来、放課後遅くの体育館をブルマ姿で歩くのは、ご法度になったわけだ。顔がヤクザみたいな変質者に、つけ狙われるからってね」
「なぁんだ、フランケンシュタインのもじりなんだ」
「そういや、この前ゴリラみたいな中学生が、女の子にちょっかい出したって捕まってたな。姫子もかわいいから気をつけなよ」
「やだ、脅さないでよ」
仔猫の喉を鳴らすように姫子の顎先をくすぐりながら、真琴は意味ありげな微笑みをこぼした。
「ま、変な奴が襲ってきたら、あたしがあんたのこと、きっちり護ってやるよ」
「え?」
「なにが、え、だよ? 嬉しくないのかよ」
「ううん、なんでもないの」
先に襲ってやるよ、と姫子には聞こえて、思わず眉をひそめてしまったのだ。
きょうはたしかに耳がおかしいのかもしれない。お昼寝しすぎたせいだろうか。姫子は自分の耳たぶを、むぎゅう、とひっぱった。
怪談はしめてあと四つ、耐えられるだろうか。
怪談の恐さというよりは、真琴のいたずらに。身震いでもあるまいに、姫子は自分かわいさに、またしても自分で自分を抱きしめていた。
「さてさて、第四の怪。恐怖のオン・ステージは女子トイレ」
ああ、今度のお化けはトイレの花子さんか、とアタリをつけた姫子は、ふんふんそれで? と乾いた笑みを浮かべつつも相づちを打った。
「真っ昼間、お腹を壊したといって、女子学生がトイレに駆け込んだ。でも、その子は授業がたいくつで逃げ出したかっただけなんだ。けれど、同じような考えのひとがいたらしい。授業中のはずなのに、なぜか、入口ちかくの三室はふさがっていてね。しかたなく、四番目の、いちばん奥の洋室トイレに滑りこんだ。三十分経ったら予鈴が鳴って授業は終了、しめしめとトイレから出ようとしたがドアが開かない。それに休憩時間なのに、誰も訪れない。隣からは物音ひとつとしてこない。そのうち、驚くべきことが彼女の身に…」
「まさか、その…下から青白い手がにゅっと出てきて?」
姫子はさっきの第二の怪での教訓を生かして、真琴からそれとなく離れた。まさか、スカート捲られたりしないよね?
真琴はとえいば、ちょっと残念そうな顔をしてみせた。やはり、狙っていたのか、このセクハラ魔人。
「ブッ、ブー、残念でした、姫子さん。正解はね、こうだっ! 『アタシの歌を聴けぇええええええ──ッ!!』」
「うわあっ?!」
真琴がいきなり耳に口を近づけて大声でどなったので、耳がきんきんした。いたぶられた片耳を押さえながら、涙目になった姫子が恨めしげなまなざしを送る。しかし、真琴はといえば、なんのことはないしたり顔。
「うん、うん。いい悲鳴だ。やはり、こうでなくちゃな」
「もう。うるさいよっ、マコちゃん!!」
「…ってな具合に、延々と音痴の女が、五時間もへったくそな歌を聴かせつづけたのさ。トイレから発見されたとき、被害者は壊れたレコードみたいに、なにかのメロディをぶつぶつ口ずさんでいたってさ。しかも、トイレのドアは外からちゃんと開いたんだ。その彼女は、一生まともに口がきけなくなったらしい。その歌以外にはね」
「で、それには、どんなオチがあるの?」
「うん。授業をサボってお手洗いに行ったりすると、イタい目に遭っちゃうってことだな。くわばら、くわばら」
姫子はもはや呆れた笑いを浮かべていた。