陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

有名税という名の恐ろしさ

2024-11-10 | 芸術・文化・科学・歴史

あえて名前を書かないでおくが。
とある著名なアニメ監督氏が、ある女性を名誉棄損で訴えたらしい。声優兼イラストレーターを自称するこの女性、アニメ監督氏(正確には本人ではなくその仲間らしいのだが)に対し自作のイラストをトレパクする盗作があったと抗議のメールを送りつけ、放置されたものだから、氏の業界関係者にもメールを送りつけ、氏が警察に相談したりイベント中止にまで発展したという。精神的苦痛をうけた監督はとうとう裁判を起こしたというわけだ。



実際の絵がどういったものか、経緯やそこでの当事者間の行き違いがどうなのか。
外野がはたして知ることは難しいだろう。だが多くの人は、京都アニメーション放火事件の加害者を思い浮かべだはずだ。自筆の投稿作のアイデアを盗用されたとして、将来あるクリエイターを幾人も死なせた極悪犯を。アニメ監督氏が命の危険を感じるような言動があったからこその訴訟なのだろう。

この一件をただの有名税だからという言葉で片付けてよいものか。
人気声優のコンサートで爆破予告があったとか、作家にカミソリレターが送り付けられたとかいう事例は昔からよくある話だ。芸能人が値引き品を買い物していたら言いふらされたとか、子どもが学校でいじめに遭うとか。ただでさえゴシップ記者につきまとわれてプライバシーを浸食されているだろうに。

それは、たいがい、嫉妬心からくるもので、自分の人生があまりうまく回っていない場合に、輝いている人をみると劣等感にさいなまれてしまうからだろう。
これはコンプレックスを感じる本人のこころの問題であって。そもそも、芸能人だろうと業界人だろうとどうにも手の打ちようがない。不運の人に努力が足りないとなじるのはよくない。が、恵まれているあなたは、貧しく苦しい自分に配慮すべきだというのは、われわれ凡人の傲慢さなのである。歌手やクリエイターは一般市民に夢を与えてくれる存在ではあるが、懊悩深いわたしたちの人生の救い主ではないからである。

この一件には、もうひとつの社会的課題が含まれている。
それはいわゆるワナビとよばれる何者かになりたがる症候群の人ほど、表現することにこだわり、自作の評価におぞましいほど固執するという、SNS時代ならではの現象である。しばしばよくある、あのアイデアは、ストーリーはあいつよりも私が先に思いついたというコロンブスの卵現象も、自己都合のいい脳のバグのようなものだ。

たとえば素人が二次創作なりで奇抜な番外編を書いて同人誌なりネットなりで発表したとする。
そのあと、公式側が出した商業作品で似たような展開が起きる。この場合、公式側は素人作を盗作した、にあたるだろうか? 原作者はそのアイデアを表に出さないまま十数年も前から温めてきただけなのかもしれない。二次創作者はじつはどこかで見た別作からインスパイアされただけのネタなのかもしれない。そもそもアイデアには著作権があるのか? 知的財産権いわゆる知財は、コンテンツとして成立してから発生するものであるから、作者がストーリーを出版したり、メディアミックス化したりするには、多くの企画立案の過程があって、権利関係者が発生する。そうした契約作業を諸々含めて著作者は著作権を得るだろうけども、ネット上でただ趣味で好き勝手に描いている素人にそうした苦労がわかるのだろうか? プロではない私には答えが出せない。

ただし、盲目の音楽家のゴーストライター騒動だとか、温泉絵師の構図パクリだとか、著名なコンテンツクリエイター側のやらかしもないわけではないので、一概にプロフェッショナルだけに肩入れすることもできない。メディアや芸能人叩きを批判する声もあがるが、権力者側へのお追従と反発は表裏一体だから、有名人が失言すれば総スカンをくらい仕事を干されるぐらいまで追い込まれる事態が増えている。

個人的に思うのは。
SNS時代に著名人との距離感が近過ぎてしまった昨今は、消費者も消費者の分をまきまえて憧れのプロフェッショナルとの線引きをし、生産者は顧客満足度を意識して、自身のブランドイメージを傷つけず、よからぬ反発者を引き寄せないように注意すべきなのだろう。といっても、こういった荒らしは貰い事故のようなものでもあるが。

しかし、厄介な時代になったものだ。昔は作品だけを見て、その裏の創作者やら演技者やらの生態や本心など知る必要もなかったのに。プロのクリエイターだって、人の子、批判されたら凹みたくもなるだろう。

訴えられた女性というのは、もともとはアニメ監督氏の作品の熱烈なファンだったのかもしれない。
ファンサービスのつもりでSNS上親しくなったが、しだいにストーカーじみて、つながりが重くなったなんてことはよくあるのだ。いったいどこで、このふたりに不幸な行き違いが起こったのだろう。そして、アニメ監督氏の多くのファンは彼の今後の創作活動に影響が出ることに気を揉んでいるに違いない。

プロのクリエイターがこうしたワナビに存在を脅かされているとすれば、日本の文化保護に関わる重大な問題ではなかろうか。
昔は作家なりはプロに弟子入りした修業時代があったり、会社勤めしながら受賞してデビューしたりしたものだが。現在のクリエイターというのは、誰もが名乗りたがるのうさんくさい肩書きなのだから、一定以上の良識と法律的知識、納税義務と社会人経験がある人向けの資格か免許制にして、その供給者を管理したほうがよいと思うのだが…。

(2023/10/22)








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