陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

幸せの如何はわが心に問えばいい

2023-01-17 | 自然・暮らし・天候・行事

渡辺和子さんの著書に「幸せはあなたの心が決める」という本があります。
『置かれた場所で咲きなさい』でベストセラーになったエッセイストの本ですが、私はこの本のタイトルが好きで、毎年の手帳の裏表紙に書きつけています。

本日は1月15日の大安。
なんだか朝方から体調がいい。日曜日はいつもぐったりして出かけるのもおっくうだったのに。年調作業や確定申告準備がサクサク進み、達成感があったからかも。

夜中に覚醒してしまい、眠らなきゃ睡眠スケジュールが狂う!
…と気に病むのをもうやめて、眠気が襲うまで部屋の片づけをしてみることに。すると4時起きしてからも、水回りの掃除をしたりなどの作業がはかどります。あまりに早くきれいにできて、このリズムを崩したくないので。自室内の過去の領収書を整理し、ほんらいは行くはずではなかったお墓参りや空き家の庭掃除も午前中にさっさとすまし、ついでに楽しみだった本屋通いもして、お望みの本をゲットしてみました。

休日はまる一日じゅう、家事をやるのが精いっぱいの日もあれば。
たまに、このように、一日が50時間ぐらいに増えたかのように、動き回れる日があります。すぐ取り掛からない私にしては、これだけの成果をあげるのは珍しいのです。

その違いははたいして何だろう?
前日の夜、「あの作品」の同人誌をひさびさに引っ張り出して読んだから。そうに違いない。先週も関連作をひさびさに読みなおしたりもしてみた。年末年始仕事でめいっっぱいだった日々のごほうびとして。

いつもはイヤイヤながら片付けている、空き家の作業もスムーズに。
ひと段落ついた頃、ティータイムがてらスマホを覗くと、なんとまあ、驚くべき事象ができあがっていました。「あの作品」がツイッターのトレンドにあがっていたらしく、SNS上で大賑わいだった模様。過去になんどかネット上で話題になったことはあれ、ここ最近のもりあがりは、諸般の事情で想定外。とても嬉しくなりました。

「あの作品」が忘れられていない。
多くの人に記憶され、愛されている。ただ、それだけの事実を確認しただけで。オタクの幸せなんて、そんなもの、なんでしょう。

歯が痛いなとか、知人や身内の愚痴が多いなとか、もう少しこうだったら。
そんなことは数え上げたらキリがありません。少し前に読んだ新刊の本も、待ちかねていたのにイマイチだった。ああ、やはり、自分を慰めてくれるのは、もう古くからの付き合いのアレだの、コレだの、しかないのだ。

なぜ、「あの作品」についての知らせを受け取るだけで幸福感に包まれるかといえば。
それに救われた20年ほど前を反芻してしまうから、なのかもしれません。

私は現在、記事をかなり予約投稿にしていて。
ときどき、数年前のメンタルが危ない時期に書きつけた雑記がひょっこりブログにあがっていて、自分でわが心のどす黒さに驚くことがしばしばあります。あまりに毒が深いので、すぐ出さずに寝かせておいたのですが。正常な気分の時に読み返すと、これは大人げないなと反省することができるからです。

いつのまにか、ブログで面白いレビューを書くために楽しい消費をするぞ、ではなくて。
いかにご機嫌で過ごせるようにしたかを残しておこう、そういう意図で記事を書くことが多くなりました。もちろん意地悪に思いついたことも、書き連ねてしまいます。

私は手帳に、日常の些細な事、ナントカの掃除をしたとか、片づけをしたとか、電池交換したとか、そういったことまで記録しています。自分がこれだけ動いたのだ、という達成感を得るためです。そして、一週間をふりかえるときに、先週、先月よりも、休日や、仕事の朝や帰りにできたことをチェックしてみるのです。そうすると、とても小さなことでもやりとげられたことで、日々の幸福度があがっていきました。部屋もデスクの上も極端に散らかり放題にならなくなったのです。

人はなにに幸せを抱くのでしょうか?
ある人は、仕事に追われずのんびり過ごしたいからか。家族と過ごす時間を大切にしたいからか。おいしい食事のためか。それとも、評価なんて気にせずに好きな創作に没頭したときか。逆に、いい成績をあげたり、お金を稼ぐことが満足だという人もいるでしょう。けれども、ひとつ真理なのは、自分が大切にしたいものを、自分の幸福感や満足感のためだけに、他人を巻き込んでしまわないことです。他人を不幸にして得る幸せは、にせものの幸せなのです。

私がこのおよそ20年間、大切にしてきたものは、それを知らない人からすれば他愛のないものです。
理解者なんか、現実界にいなくてもいいわけで。ただ、一人だけの楽しみだったわけです。

けれども、なにに満ちたりていくかは、人それぞれの価値観でいい。自分が安らぎを得られるものを大切にできる人生は、それだけで生きていく実感があります。


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(2023/01/15)






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