写真というのは、とても不思議な機械のからくりだ。
人はそれを向けられると十中八九、取りつくろった笑顔を向ける。鏡みたいにごまかしが利かないから、真剣にもなる。そういうもんじゃないかな。だって、一生残る顔だもの、とっておきの一瞬にしたい。美しく、清く、正しい自分を残したい、永遠に。他人の目にそんな自分を焼きつけたい。愛おしい人のために自分を飾りたい。幸か不幸か、そこで自分と違う、自分と似たものが生まれることもある。
わたしは、もしかしたら千歌音ちゃんの都合のいい部分だけ切り取って、自分勝手なアルバムに再構成しているだけだったのかもしれない。わたしの眼に収められた彼女は、本当の彼女なのかな。
どれも自然な千歌音ちゃんのように思えるけれど。
千歌音ちゃんに再会したときから、わたしのアルバムの空虚な隙間は埋められていった。まるで裏側から炙り出したように、彼女の姿はみるみる浮かび上がってきた。
そうすると、わたしの瞳を覆っていた膜が溶け出すように流れて、写真の上に滴り落ちた。写されたのは高校生なのに、出逢ったわたしたちは、もう二十歳を超えてしまっていたからだった。
泣いちゃいけないのに。だって、千歌音ちゃんはアルバムの中だけじゃない。
わたしの視界は幾度も揺らいだけれど、写真の中の少女は確かだった。濡れた表面を指の腹で拭っても、輪郭は消えず色褪せもしないことに、わたしは心を撫で下ろした。そう、この写真のわたしたちは、生まれ変わる前のあの日々だったんだ。
念じて一人で映して、あとからもう一人浮かび上がってきた、そんなどっきりなんかじゃない。
でも、誰かが側にいるのを感じながら、独りきりでカメラに収まったことがあるような気もするのだ。
わたしは、それからますますカメラの虜になった。
千歌音ちゃんが呆れるくらいになんども撮影するので、ネガの現像が追い付かないわとまで言われるくらいに。千歌音ちゃんを新しく撮影するたびに、ひみつのアルバムの思い出コレクションもふたり揃いが増えていった。最後に埋まったのは、ふたりして着物をお揃いにしたものだった。きょうも一枚、明日も一枚と重ねていくほど、わたしたちの昔は戻ってきたのだ。もう、どんな貴女も撮り逃したくない。
あれはちょっとした悪戯心だった。
いつもわたしはお寝坊さんで、千歌音ちゃんより先に寝て遅く起きてしまう。なので、千歌音ちゃんの寝顔を見る機会がなかった。
だからカメラでこっそり隠し撮りした。
胸を弾ませながら、現像されたその一枚を手にした時、わたしはなぜか、慄えていた。
死んだように眠る美少女の横顔。月の蒼白い光に洗われて、肌の赤みも熱も失われていた。
まるで蝋人形のように美しさを閉じこめた、その臥した姿。
わたしは罪悪感に囚われて、その一枚を破り捨てようかとも思った。だけど、大好きな人の顔に亀裂を入れるなんて勇気は、わたしにはなかった。机の奥深くしまっておいても、千歌音ちゃんに見つけられるかもしれない。
その写真を撮ってから、なぜか思い出アルバムのツーショット写真も減っていってしまった。
またわたしがひとりきりの不自然な空白の写真に戻っていくのだ。わたしは怖くなった。愛する人と過ごした日々は楽しさや喜びばかりじゃない。写真に記録されない時間にわたしたちは、いったい、なにをしでかしたのだろうか。
結局わたしは、それを肌身離さず持ち歩くしかなかった。
それで、着替えや入浴中の脱衣のときでさえ、千歌音ちゃんと同伴を拒んでしまった。
その訳を尋ねられたら、「身体に自信なくて恥ずかしいから」と誤魔化した。
千歌音ちゃんのすこし悲しそうな顔が痛かった。レンズを向けたらぜったいにこんな顔はしない千歌音ちゃん。いつも華のある優雅な笑顔。写真にできない表情にさせたのは、わたしのせいなんだ。こんなちいさな嘘でも千歌音ちゃんを欺いたこと、きっと、わたしの顔にも書いてあったんだろうと思う。
【目次】神無月の巫女二次創作小説「君の瞳に生まれたエフェメラ」