陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

【追悼】世にふたつとなき女神の声―声優・田中敦子さん逝く

2024-10-20 | 感想・二次創作──神無月の巫女・京四郎と永遠の空・姫神の巫女

2004年12月のとある深夜、その女神の声は耳に飛びこんできた。

「…無の安らぎに永遠に身をゆだねることもできよう。この運命を恨むか、月の巫女」

長い段数の階段を登り切った先に開いた社の扉。
それに向かう月の巫女・姫宮千歌音はすがすがしい、けれどどこか寂しさをにじませた笑顔でこう答える。

「いいえ。好きな人と出会えたのですから。私はいま幸せです。他の誰よりもきっと」

アニメ「神無月の巫女」の最終話、来栖川姫子と今生の別れを果たした千歌音が月の社に封印される場面。
言葉とは裏腹に、闇に包まれる直前、千歌音の横顔からは銀の涙がはらりとひと筋。つづいて無常な扉の閉まる音が響く。再生された世界では、誰もその彼女の悲壮な覚悟を知らない…。

神無月の巫女といえば、ここ近年はNBCユニバーサルの公式動画で人目に触れる機会も多くなった第一話ラストのインパクトが絶大だ。2024年にはこのラストのロボットとその下にひそむ女子ふたりという構図をなぞったパッケージのプラモデルが発売され、さらには原作者監修のアクスタまでも作成されて好評を得た。

しかし、この20年もの年月、私の人生の端々で蘇ってきたのは、この最終話の剣神アメノムラクモと月の巫女のやりとりのシーンなのである。なにせ、この最終回こそが私の初見だったのだから。

いくたびも悲運に襲われたとき、苦々しさにやりきれず、腹立ちまぎれに蹴り飛ばしたくもなり、慟哭をせざるを得なかったとき、私はかならず思い出した――ままならない運命を受け入れて、ひとり死を甘んじて、それでも残された者の幸福と未来を願って、自分の人生は幸せこの上なかったのだと、笑顔で去れたという、独りの少女――姫宮千歌音の強さを。

そして、その言葉を引き出すための温情をさずけて、けっして神は残酷なだけではないのだと示した、その威厳ある女神の声のことを。

田中敦子氏は第一話の巫女覚醒時にもなぞの女の声としてキャストされたが、実質、アメノムラクモそのものが地上に降臨したのちも意思をもってしゃべることはほとんどなく、最終話の月の社封印まで彼女の声の正体ががアメノムラクモであることも明かされえなかった。それだけに、とても神秘的な謎めいた声質として耳に残ったことであろう。





声優・田中敦子さんのお声を聞いたのは、実はそのときがはじめてではなかった。

その数か月前、2004年夏あたり、奨学金返済のため夜勤仕事に励んでいた私は、同僚から勧められたアニメをレンタル視聴していた。
押井守監督作、1995年公開の劇場アニメ『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』、その続編の「イノセンス」。今では世界にファンを持つ傑作の誉れ高いSFアニメーションだが、残念ながら当時の私には表現のクオリティの高さは明らかなものの、作品テーマなどが読みとれずにもがいた記憶がある。





この作品の主演である女性軍人・草薙素子少佐は、その後の田中敦子氏の代名詞ともなった。
「少佐」という愛称で親しまれた彼女は、ファンのキャラクターを想うこころをとりわけ汲んで尊重しつくした、声優の鑑であったといえる。ツイッター上でも物議をかもす発言をすることもなかった。

田中敦子氏はそもそも洋画の吹き替えが多い方で、2020年には第14回声優アワード外国映画・ドラマ賞を受賞されているほどだ。
少年役もこなせる声の幅が自在なタイプでもなく、また昨今はやりの歌って踊れての派手なアイドル声優でもなかった。それでも、彼女の整った声にはぴんと糸の張りつめた凛とした美しさがあり、聞けば必ず、この人だ!と耳が覚えている、昔ながらの稀少価値のあるお声だった。「Fate/stay night」の女性殺人鬼キャスターのように艶のある悪女役をやらせたら絶品のお方だったのだ。峰不二子のように色気はあるが、色を売りにして男をひっかけるタイプではない、上品なカッコいい女性像。現在ならば人気の出るタイプだ。

ウィキペディア情報によれば、なんと、名門私大の国文科を卒業後いったんは社会人として企業勤めをした後、夢諦められずに声優の門を叩いたのだという。
現在では声優といえばテレビに堂々と顔出しできるぐらいメジャーになったものだが、彼女が駆け出しのころは役者よりもなお注目されていない職種だった。

神無月の巫女関連作で言えば、ご本人のイメージにあったのが美貌の才女こと綾小路ミカであろう。
神無月の巫女とほぼ同じスタッフで2007年にアニメ化された「京四郎と永遠の空」。神無月キャラでおなじみの姫子と千歌音のそっくりさんを追い詰める、冷酷非道な女主人であるが、過去に野心家の兄に踏みにじられた初恋があり、その面影をかさねて絶対天使なるかおんを振り向かせようとする。しかし、あえなく落命するが、最期にはふたりの絆を認め、ひみこに後を託す。作中では悪女だが、病を得て薄命でもあり、配下に慕われる側面もある。彼女の死が終盤の決戦地へ主人公たちを向かわせることにもなる。田中敦子さんはその美声を買われて、本作の次回予告ナレーションも担当されていた。

この綾小路ミカをさらに進化させたキャラが後継作にも登場する。
2009年に掲載開始された漫画「絶対少女聖域アムネシアン」にでてくるある神さまキャラだ。ここでも、姫子と千歌音の命運を握る主要なメンバーとして大暴れするわけだ。もしこの漫画がアニメ化されていたら、田中敦子氏の声でうるわしく再現されたのに…と思うと口惜しくてならない。

2004年の冬クールにはロボットアニメの「勇気爆発ブレイバーン」では、エキセントリックなロボット(宇宙生命体?)を演じ話題をさらった田中敦子氏。人気アニメ「呪術廻戦」でも、異形の姿ではあるが芯の通った美学を追及する心憎い敵役をみごとに熱演した。「ジョジョの奇妙な冒険」では、戦う女性ヒロイン・リサリサに抜擢されもしたし、話題になった葬送のフリーレンでも出演している。










私が最後にその演技を拝聴したのは、NHKで放映されていたアニメーション映画「KUBO/クボ 二本の弦の秘密」(2016年公開)。米国製の3?アニメで和風を模した冒険ファンタジー。アカデミー長編アニメ映画賞にノミネートされた良作で、主人公の少年の母を演じている。

長寿テレビアニメ「名探偵コナン」でもレギュラーの女性刑事役(大塚明夫氏演じる男性刑事とコンビの)をもっていた。最近まで放映されたNHKアニメの「烏は主を選ばない」でも、お家騒動をたくらむ帝の正妻を憎々しいぐらいに演じ、まさにハマり役だった。ナレーションを含め、活躍数を数えるときりがない。





2024年8月20日に永眠。享年61歳。
ご子息で声優の田中光氏が声明を発表されたが、一年の闘病生活の末だったという。生前、ご家族のことを明かされなかったのは、役柄のイメージを大事にされていたのだろう。彼女の声で輝いたはずだったキャラクターはまだまだ多かったはずだ。もっともっと多くの作品に命を吹き込んでほしかった。

東日本大震災の復興チャリティーとして「文芸あねもねR」を共同で運営した声優の井上喜久子氏や、山寺宏一氏などかずかずの名優や業界人がその早すぎる死を悼んだ。

この直後に、声優の篠原恵美さんまで亡くなられており、あまりのことに言葉が出なかった。
自分自身の家族にもその当時、生命の危機があったので、他人事とは思えなかったのだ。

あの神がかった、世にふたつとなき美声がもう聞けないのだと思うと悲しくてやりきれない。悲しくて辛いときには、この運命を恨むか、と覚悟を問う女神の声を思い出し、いいえ、ときっぱりと否定できるような生き方ができるように私も今後の人生を歩みたいと願う。

ご冥福をお祈りします。


(2024.10.17)





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