陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

犬猫にマイクロチップ義務化は必要なのか?

2019-05-16 | 政治・経済・産業・社会・法務

『吾輩は猫である』で知られる明治の大文豪・夏目漱石には、猫好き以外の一面があります。
名随筆『硝子戸の中』では、飼い犬ヘクト―との思い出がつづられています。この愛嬌たっぷりだった雄犬はやがて主人の呼び声を無視するようになり、家人も犬に無関心になります。ある日、飼犬にひそむ病の徴候を作家がみとめた矢先、行方不明に。その一週間後、近所の寺の庭池に浮いていたという。その亡骸を手ずから埋葬することもなく、漱石先生は一句をしたためた墓標を立てたのみ。それ以前に死んだ猫の墓よりはま、まだ生木で真新しい墓のある庭を眺めて回想したものです。さてこの一節、現在の愛犬家からすれば冷淡に思えるでしょうか。

漱石の愛犬ヘクト―にあった首輪の表示がもとで、夏目家に連絡が届いたのです。
犬小屋につないでおく習慣がなかったのか。この連絡を寄越した先の下女はわざわざ「此方(こちら)で埋めて置きましょうか」と尋ねる。現在も民法上はそうなのですが、動物は物あつかいで死んだら、捨てたと同じと見なされてさしつかえなかったのかもしれません。漱石はこの申し出をことわり、わざわざ車夫を遣いにして亡骸をひきとらせている。当時、漱石は病がちで一箇月ほど入院したあとでした。仔犬をはじめてもらってきたときに、わざわざ藁を敷いて居心地のいい寝床をこしらえ、雇いの看護婦に犬を案じた打診をしている彼が、その亡骸をないがしろにしたとは思えません。病を近づけさせたくなかった犬と、その死を側において悼む主人。その筆であきらかにしなかった部分に、漱石と愛犬ヘクト―との言い知れぬ情をひしひしと感じてしまいます。

読売新聞が2019年5月16日朝刊記事で報じたところによれば。
今国会提出をめざしている動物愛護法の改正案の内容が発表されたという。主なものは、所有者明示のための犬猫のマイクロチップ装着義務化、生後56日(8週)未経過の犬猫販売禁止、動物虐待罪の厳罰化など。

マイクロチップとは、長さ8~12ミリ程度の円筒形電子器具。
15桁のナンバーが記録され、専用機器で読み取れば飼い主がわかるもの。装着は獣医師がおこない、費用が3000~1万円ほど。欧米では定着しており、狂犬病予防の登録義務などとあわせて、飼い主の情報登録ができるので、日本獣医師会が推奨しているようです。

マイクロチップ装着の目的は、飼主の遺棄防止や自然災害時の捜索にも役立てるため。
犬猫の殺処分ゼロをめざす動物愛護の議員連盟が後押ししているのですが…。

私自身は現在、犬猫どころかペットじたいを飼育してはいないので無関係の身の上です。
しかし、個人的には反対ですね。生体に異常を及ぼさないとは思うけれど、動物に自分の所有権を示す器具を埋めこむのには抵抗があります。犬猫限定なのも違和感が。逃げ出して自然に増えたら困るような鳥類や爬虫類などを飼っているひとは免罪なのか。犬猫ならば首輪で管理できそうな気がしますし。

むろん放し飼いにして近所に迷惑をかけている飼主も問題がありますし、責任をもって育てるにはいい案ではあります。
しかしながら、室内で多頭飼いしているひとや、一時的に犬猫を数多く保護して引き取り手を探しているボランティアのひとの負担が大きすぎませんかね。動物カフェの経営者はもちろん、買い手がつかないままの犬猫を飼育せざるを得ないペットショップでも、どう対応するのか。飼い主が移り変わったら、そのたびに埋め込み手術をおこなうのでしょうか。

私の実家では、亡父が動物好きで、犬猫はもちろん鳥だの熱帯魚だのまで飼っていました。子どもの頃可愛がっていた柴犬は避妊手術をして大切に育てていたのですが、知り合いの老婦人が独り暮らしで寂しがっているというので、父が気前よくあげてしまいました(ほかに実家に犬、猫が1匹ずついたので)。子がいない、もしくは巣立ったので、ペットを飼うご家庭も多いはずですが、負担が重くなるのは考えものです。そもそもチップを埋めこむかどうかは任意にすればよいし、わざわざ義務化するあたり、どこかの私立大学の獣医学部新設問題と同じで利権のにおいがしないでもない。鳥獣の研究は、日本の食料ブランド維持からも大切であるのはわかりますが…なんだかな。車両と同じで税金化したいのかな。

仔犬、仔猫の販売開始期間を延長するのは、親から早く離すと問題行動をおこす頻度が高まるという理由のため。
現在は生後49日(7週)めから販売可能。ペットショップで育ちすぎた犬猫は売れ残りやすく殺処分されやすいから、小さなうちからセールしがちです。小さくて可愛いうちは大切にするけれど、大きくなったら飽きて放置するひとって倫理観が欠如していますよね。人間相手にも同じことしそうですよね…。

虐待罪の罰則強化は、近年、ネット上で犬猫を虐待する動画投稿があいついでいるため。
現在は、動物殺傷で2年以下の懲役また200万円以下の罰金のところ、3年以下懲役もしくは300万以下の罰金、さらにはそれ以上の厳罰化をもりこむ方針。でも、ひき逃げはどうなるんでしょうかね。現状でも、屋内に鳥の巣をつくられて、糞害やにおいに悩まされているのに下手に動かしたら法的に処罰されるので、手出しできなくて困っている住民もいたりしますし。現代版生類憐みの令みたく悪法化して、悪意があったわけではないひとを貶める事態にならないか、そのあたり心配ですね。

心臓のペースメーカーなど体内に機械を埋めこんだことがないので、自分事ではないとはいえ、生き物にマイクロチップ埋め込みは抵抗感があります。
そのうち、認知症になった独居老人などを管理するために…なんてことにならねばいいけれど。

以前、ペット業者が山中に犬の死骸を大量遺棄していたことが問題視されましたが、飼主側のモラルを問いただすのが、今回の改正案のもくろみでしょう。
所有者不明土地の管理もそうなのですが、新しいものにすぐ飛びついて興味をなくしたら使い棄てていく風潮に、生きものが利用されているのかもしれないですね。ほんらいは個々人のモラルの範疇にあるはずのプライベートな管理について、国家が口出しをするようになれば、おのずとそれに対する対策費用として税金の徴収をしてもかわなくなっていく、そんな前例をつくっているような。

【追記】
ちなみに犬猫のマイクロチップ義務化に、動物愛護団体は反対を表明しているそうです。
番号を読み込むリーダーの不備や互換性など、マイクロチップが不法遺棄抑制やペット捜索に万全ではないという指摘もあります。
(参考「なぜJAVAが犬猫へのマイクロチップ「義務化」に反対なのか」 [ シッポ ] 犬や猫ともっと幸せに 2017/09/04




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