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少年漫画を手掛けた人が青年誌に移行したり、少女漫画家がレディコミに分野を移したり、というのはよくあること。哀しいかな、長年のファンも年をとってしまうので、期待に応えるには大人も読める渋いものも手掛けねばならないわけで。
集英社のコバルト文庫は少女小説のトップレーベルですが(参考記事「わたしたち、ティーンズ文庫とともに育ちました」)、2000年代に一大ムーブメントを起こした作品が「マリア様がみてる」。作者の今野緒雪先生は、当時すでに「夢の宮」シリーズなどの長期人気作品を手掛けていましたが、このマリみてブームは凄かったとしか言いようがない。なにせ、購読者層を当時の30代(下手すると、それ以上)にひろげたばかりか、男性読者まで獲得してしまったという。アニメ化や漫画化もあって、商業的には大成功。実写映画まで公開されました。文芸誌などで百合ものの特集があるとかならず語られる、いまや伝説の作品です。「マリみて」を見ずして、百合を語ってはいけない、とまで言われていました。
その原作者先生が、大人向け読者をターゲットに創刊された「集英社オレンジ文庫」で発表したのが、2015年の『雨のティアラ』。幽霊屋敷に住む青年と老紳士のいわくありげなコンビが気になる女子高生のお話。この主人公メグムが美大を目指す女子高生にして、三姉妹の次女。
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そして、その姉こと長女カスミをヒロインに迎えたのが、同年刊行の『Friends』。
高校時代の親友・碧(みどり)と双生児のように仲が良いカスミ。
あまりにもべったりなので、睦美はじめとした他の友だちが強引に合コンに誘い、彼氏づくりをセッティング。素敵な男性を紹介されてもイマイチ気乗りしないカスミは、ひょっとすると、自分が恋心を抱いているのは碧ではないかと思い始めて…。
Friends (集英社オレンジ文庫) | |
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この本はですね、正直いいまして、かなり罪深いと思います。
表紙詐欺といったら言い過ぎですが、百合好きハンターの方からしたら、肩透かしくらうかもしれません。友だちからはじまって、なんだかんだ経由しながら、志村貴子の『青い花』みたいなエンドを期待したらもう駄目です。というか、緒雪先生は、すでに『いばらの森』の聖と栞の話で結論を出しているのではないかと思います。
ちなみに私はネタバレを最初から知っていつつ読んだので、とくにがっかりしなかったですが。犬のエピソードのあたりとか、悪くない展開はあったのだけれど、なんかこうモヤモヤするんですよね。私は百合原理主義じゃないので別に純粋なGLじゃなくてもいいんですが。なんだろう、緒雪先生の、「マリみて」のオリジナルキャラ回に散見された違和感というか。おばあちゃんに「カッコいい」という褒め言葉って、おかしくないですか? 『マリア様がみてる─ステップ─』の亭主をほったらかしにする黄薔薇姉妹のママとか、『マリア様がみてる─私の巣─』の娘離れできていない母親とか、大人の女性の振舞いに引っかかりがあるのですが…。
女子高生の百合ゆりしたものを読み過ぎた読者のほうが麻痺しまくっているのか、意図的に男性読者を振り払おうとしているのか。あと、美大生を描いた割には、あんまり美大っぽくない内容でしたね。現実、アート系の人がみんな睦美みたいな両刀使いかといえば、どうなんだろう。個人的には前作の『雨のティアラ』の方が好きでした。恋愛ものよりも、ホームドラマのほうがお得意なのでは。とはいえ、読者の誤解を誘って、あっさりひっくり返す手腕は見事だとしか言いようがないです。
しかし、この二冊。
びっくりしたのが、恒例だったあとがきがないこと! ネタバレさせないためなんでしょうか。下手すると中身よりも笑えるおいしい部分だったのに、ちょっと残念。ついでに言えば、大人向けなので当然、中身の挿絵もありません。
「マリア様がみてる」は1998年が第一巻刊行。
今年はな、なんと、20周年! だから記念の何かが出ないかなと期待しているのですが、いまのところ音沙汰ないようですね。「少女革命ウテナ」は20周年でアフターストーリーが発売されたのですが、同時期だったんですよね。「マリみて」は今もたまに読み返しますが、やはり名作だと感じます。でも、過去作にさかんにこだわり続けるファンがいるのは、新しいものをつくりあげたい創作者にとってはすごく重荷なのでしょうね。誕生して20年だけど、完結してはや10年経っているんですね。
マリア様がみてるシリーズ記事一覧
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