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金銀きらきら光る、宝石箱をひっくり返したかのごとき星空。
その下で、まさに少年は、ひっくり返るかと思われるほどの衝撃を受けていた。
へそから上を水面から出したトーマは、ドラム缶の縁に背中を押しつけて、たじろいでいた。
目の前にいる人物は、会いたくない御仁のひとり。しかも、本日、二度のお出ましだった。いったい、こんな時間にこの人は何の用向きだというのか。
通りすがりのダイバーこと、不意打ち訪問者のいでたちは、喫茶あをのやでの鉢合わせた時とは異なっていた。
ダイビングスーツは脱ぎ捨て、Tシャツにスパッツという軽装。だからこそ、よけいにその正体が知れる。その女が暗がり包まれた森の闇のなかから、ぬう、と現れて出てきたのだ。夜半に獲物を捕らえるような野生の猫のような、獰猛な瞳を光らせながら。
「トーマ、話があんだ」
「ノーヴェ姉…いつのまに?!」
「あたしについて来い」
「恭也さん、どこ行ったんだ?」
その名を呼ぶトーマの唇が、寒さのためではなく震えた。
スゥちゃんと似た声なのに、ぶっきらぼうな物言い。
スゥちゃんにはない紅くとがった髪。
そして、なにより苦手なのが、ぎらぎらと底光りしているあの明るい瞳。ややもすると、獲物を狙いすます虎のような獰猛さのある目つき。スゥちゃんの優しく澄んだ青い瞳とは対照的だった。あの瞳からして、彼女の気性の激しさを物語っていた。
「あー。あの人にゃ、無理言って焚き火番を代わってもらった」
「そんな…」
失望でがっかりと肩を落とす。せっかく湯船を挟んで、こころを通い合わせそうな雰囲気だったのに。恭也の打ち明けた重い過去について、ひと言、せめてひと言でも何か言わねば、とトーマはためらっていたからだった。自分に明かしたからには、なにかよほど言いたいことがあったのだろう。恭也が夢破れ、そして、甲斐のない放浪をつづける気持ちにどう踏ん切りをつけたのか。そこのところを詳しく掘り下げて聞きだしたかった。
明日になったら、男ふたりだけの対話なんてできそうにないかもしれないのに。
「なんだ、ずいぶん、あたしも嫌われたもんだな。お前に悪いことしたか?」
「してないよ。でも、これからしそうだ」
ノーヴェはにひひと笑い、ドラム缶の縁に肘を乗せてたっぷり鼻先まで顔を近づけた。上半身を晒していたトーマが慌てて、湯水に肩まで潜る。ノーヴェはトーマの紅くなった右の耳朶をひっぱった。
「なんだ、分かってんじゃん。だったら、あたしの言うとおりにしろ」
「いやだよ。なんで、ノーヴェ姉がここに来てるんだ」
ノーヴェの手を右手で強く払いのける。
右手首の純銀のリングが鈍く光ったのを、ノーヴェは目を細めて睨んだ。