私は彼女の手を引いて立ちあがった。指さしたのは、頭上に大きく枝を張って、空を覆った緑の梢の一端。
「ほら、あそこ。見えるかしら。あの枝だけふしぎなかたちをしていてね」
「え、どこ?」
彼女は手ひさしをして、瞳を凝らしている。梢の隙き間から零れた陽光がきらめいている。猛々しく繁りはじめた葉の群れがびっしり枝を覆って、視線の先をとどまらせていた。
「え…と、あそこかな?」
「いいえ。あのあたりよ」
彼女が指さしたのは、標的からわずかにずれていた。私は思わず彼女の手首をとって、人さし指の先を正しい方向に向けた。それで、やっと気づいてもらえたらしい。急に我に返って、ぱっと手を離した。顔が紅くなったところを見られてやしないだろうか。横目に見やると、少女は熱心に梢に瞳を注いでばかりいる。
「へぇ、変わってるね。面白いなぁ~」
高所にあるうえ、葉闇にまぎれて判然とはしない。まるで人目に触れるのを拒むかのように、重なった枝葉の奥も奥。ひっそりとふたつの枝が奇妙にS字型に絡みあっているのが見てとれる。少女はしきりと感嘆の声をあげながら、物珍しそうにつぶらな瞳をひときわ大きく瞬かせて、連理の枝を眺めている。
「なんで、あんな枝になったんだろうね? あの二つの枝だけ、仲良しさんなのかな」
「この樹には古い言い伝えがあってね。昔、永遠の愛を誓いあったふたりの生徒が、まだ苗木の頃に二本の枝を紐で結んだらしいの」
「ふぅん、恋人の木なんだね。すごくロマンチック」
「そのふたりは、残念ながら戦争で別れてしまって。校舎も何もかも焼かれたのに、この樹だけは奇跡的に戦渦を免れて生き延びたらしいわ。だから、この樹の下で出会ったふたりはね、…」
その先の言葉を継ぐのが、いささかためらわれてしまった。初対面の彼女に対し、変な好意を抱いてしまっていることを悟られやしないだろうかと。
【神無月の巫女二次創作小説「花ざかりの社」シリーズ(目次)】