陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「冬のタルト」(六)

2008-11-18 | 感想・二次創作──魔法少女リリカルなのは
かわいらしい、食べはじめのあいさつをして、ヴィヴィオはよく磨かれた銀いろのフォークを手にとった。タルトの角を崩して、器用に断面をつくっていく。へたにフォークを入れると、みっともなくぽろぽろと生地のかけらがこぼれてしまうところを、上手に分けている。フォークの扱い方もうまくなっていて、わたしは感心のまなざしを注いでいた。ふと、その手を休めて、ヴィヴィオがわたしを見つめ返す。

「ママは食べないの?」
「あっ、うん。そうだね、たまにはヴィヴィオといっしょに、おやつにするのもいいね」

ヴィヴィオを安心させようと、わたしも冬のタルトをひとつつきして、口に運んだ。雪の下に埋もれた赤茶けたパイの大地には、カロチンがたっぷり。うん、どうみても生地の糖分に「あれ」はほどよく融けている。よくすり下ろして混ぜ込んだから、すっかり青臭さは飛んでいた。あのレシピで、間違いなかった。はやてちゃんに相談した甲斐もあった。自作のお菓子のできばえを舌で確かめて、わたしはすっかり満足していた。

ちょっと大袈裟においしそうに食べてみせた。ヴィヴィオがわたしの様子を伺っていていたから。銀の匙を向けて、ヴィヴィオの気をそそろうと画策してみる。ママの優しい笑顔を添えれば、子どもの口はほどなく料理を求めてくれる。

「ほら、おいしいよ。ヴィヴィオも食べてごらん」
「うんっ」

ヴィヴィオもやっとひと口。柔らかい頬がふごふごと動いた。

「どう? ママの新作ケーキ『冬のタルト』、気に入ってくれた?」
「うん、おいしいっ!」

ヴィヴィオはあっという間にその一切れを平らげた。よかった。まったく疑っていない。

小さな頃は漠然と翠屋を継ぐのを夢にしていて、両親のお手伝いでケーキづくりに励んでいた経験が今になって生かされるなんて。その平凡な夢を変えてくれた金髪の美少女に逢わなければ、今ごろは別の人にこのケーキを振る舞っていたのかもしれない。でも、冬のタルトはわたしのだいじな娘のために、ヴィヴィオの健康を願って、考えたケーキ。誰にも譲り渡せない味だった。ヴィヴィオだけがおいしいと言ってくれたら、それでよかった。

満足そうに頬杖をついて、お菓子に舌鼓をうつヴィヴィオを眺めていたわたしは、自分の皿をさしだした。

「ママのも食べちゃっていいよ」
「えっ、いいの?」
「だいじょうだよ、まだ残りはあるしね。きょうはヴィヴィオの頑張った日だから、おやつもいつもの二倍ね」
「わーいっ」

ヴィヴィオはフォークを縦に振って、ほくほく顔。
全身に喜びのあふれたヴィヴィオの姿を見ているだけで、わたしはもうお腹がいっぱいになった気分だった。



【魔法少女リリカルなのは二次創作小説「冬のタルト」(目次)】






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