まずなんと言っても、戦争の大義が崩れ、この戦争は間違っている、という国際社会の大方の評価の中で、懲りもせず力に訴えたことだ。兵員増派をして、ますます憎しみを積み重ねることになるに違いない首都制圧の先にあるものは、新たなる抵抗である。ベトナム戦争を持ち出すまでもなく、01年から始まったイラク戦争を振り返ってみれば自明である。
増員されることで、イラクには15万人のアメリカ兵が展開することになる。すでに死者は3千人を超し、テロとの戦争を始めることになった01年の「9・11」事件での死者数を上回った。いまもイラクでは一日平均2人以上のアメリカ兵が犠牲になっている。イラク民兵や市民の犠牲者はアメリカ兵死者の10倍以上になる。占領支配の目的であったはずの「イラクの民主化」ははるか遠いものになってしまった。
考えてみれば、兵士もかわいそうではある。大義のない戦争であり、あるいは間違った戦争であり、あるいはブッシュ大統領自身「戦略の誤りは私の責任」と認めたように、兵士たちの犠牲は、最高指揮官である大統領の「過ち」に始まっている。犠牲者に限らない。上官の命令は絶対である、としても、すでに1万5千人を超す兵士らが、無許可離隊したり、脱走している。
そして実際にいま、海軍兵士の呼びかけで、イラク戦争に反対する兵士たちの署名運動さえ起こっているのだ。そこへ増派の決定である。命令に従う兵士が圧倒的ではあっても、命令を拒否する兵士も増えるに違いない。
バグダッドなど街は破壊されても、いつかは修復される。しかし大義のない戦争で犠牲となったおびただしい数の兵士や市民の命が修復されることはない。ブッシュ大統領はそのことの意味をかみしめて見るべきだったのではないだろうか。
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