一方、駅を挟んで西側、こちらはもともとここに住んでいた人たちが聚落を造る。国道が走り、市道も走る。しかし、聚落の中に一歩はいると、ここに暮らしてきた人々の息づかい、というものが伝わってくる。道はくねくねしてはいるが、それぞれのやり方で聚落を美しくしようという一軒一軒の思いが重なって、歩いていて楽しめる。
この地域を「区画整理」をしようと言う行政発案の計画が持ち上がって10年以上が経つ。碁盤の目のような街を造ろうという話だ。バブルの破裂もあって、もはや時代はそんな大盤振る舞いの、開発至上主義的な発想に誰も振り向かなくなったのにもかかわらず、である。
行政とそこに暮らす人々との「乖離」を、これほどまで感じさせてくれた地域はなかった、と、当時この街を歩いた私は「報道特集」という番組で伝えたが、いま目の前に広がる風景は10年前と全く変わらないままだ。「良かったね」と知り合いの何人かに話をしたら、行政はあきらめていないのだ、という。353億円もの予算をつけて、区画整理を始めるのだ、という。
自治体バブルもはじけ、もはや開発型の行政ではなく、いかにしたら地域の特色を生かしたまち作りが出来るか、という時代に、この羽村という市は、まだバブルを夢見ているのだろうか?
私の友人が、「そんなことは許さない」と声を上げ、市議選に立候補した。どの地方も財政が苦しい中、この時代に求められているのは等身大の議会活動である。
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