事業所の餅つき
私の趣味の一つは「餅つき」です」青森に来てから42年が経ちますが、これまで一回も切れ間なく餅つきを継続しています。
この3年ほどは、餅好き家族が集まって、餅つきをした後で親睦を深めています。
毎年師走の28日と決まっているのです。
機械で搗くお餅と違って、腰があるのが特徴です。
いつまで続くのかわかりませんが、無理をしないで楽しみながら継続したいと思っています。
今日はJICAの方がボランティアで来所し、餅つきのお手伝いに来てくださいました。
コロナの関係もあって、どこの事業所もボランティアすら受け入れを拒むところが多いのだそうです。
障がいのある方々との出会いもおそらく初めてなのでしょうが、刺激にはなったようです。
これからグループホームの雪の排雪作業のボランティアもご協力をいただく予定です。
ありがたいことです。
白鳥さん、グッドタイミングの飛来
12月13日(日)昨日は比較的気温も高く、良いお天気の中三戸郡五戸町を訪ねました。
気心の知れた法人さんの理事長夫妻との再会です。
息子さんがこの度、心臓まひで3時間ほど心肺停止。それでも何とか一命はとりとめたそうですが、脳に酸素がいかなかったために、
植物状態で現在入院中とのことで、急遽お見舞いに家内と出かけたのです。
2時間ほど食事をしながらお話をお聞きし、冬の日没は早いので2時過ぎに再会を約してお別れしました。
息子さんがようやく法人の後継を約してくれたばかりでの出来事だったらしく、ご両親の心痛も計り知れないものがあったようです。
「尊厳」
赤ん坊のいのちを見つめる目と
老いや死を見つめる目は矛盾しない
思想と人柄の深さが
虚無のいのちを謳歌し
いたずらな命を傍観するところに表れている
共通すること
それは「尊厳」
人が人として
生誕から死亡までを生きる
そのすべての季節(とき)に尊厳をもってあたれ
接しろ、見つめよ、聞け、支えよ、交流しろ
12月11日(金)雨から雪へ 1℃/8℃
昨夜は法人職員の、お父さんのお通夜に参列しました。
この10日ほど前に、お母さんのお通夜に参列したばかりでした。
朝方起きてすぐ息苦しいと言って、そのままだったようです。
(職員)長女さんはかなりショックだったようで、通夜の式中ずっとうつむいたままでした。
お二人の急な死をどう受け止めたらよいのかわからない、呆然という言葉がふさわしいのでしょうか。
哀しさを通り越して涙すら見せない様子に、その悲しみの大きさがうかがえました。
喪主の長女の夫さんは饒舌で、挨拶の中で「義父は義母に連れていかれたんじゃありません。自分から進んで追いかけていったのです。」
そういわれた言葉が、脳裏に刻まれました。
私にはこの喪主のように、お二人の生前の様子を詳しく語られることなどは決して真似できないなと思いました。
「きょうは死ぬのにとってもいい日」
今日は死ぬのに とってもいい日
すべてが私と いっしょにある
すべての声が私を包む
すべての美しいものが私には見える
悪いことはすべて私から遠ざかる
今日は 死ぬのに とってもいい日
大地が ゆったりとしている
秋の収穫は終わった
私の家は笑いで満ちる
子供たちが 家に戻ってきた そうだよう
今日は死ぬのに とってもいい日