岡村幸保 人間讃歌・ビバサイエンス・自由闊達オカピーLOG              

井上靖さんの詩「流星」の生原稿に出会いました。

岩手県にできた現代詩歌文学館に立ち寄りました。名誉館長は、井上靖さん。展示品の中に、私の大好きな井上靖さんの詩、「流星」の手書き原稿がありました。


井上靖

「流星」

 



流星
高等学校の学生の頃、日本海
の砂丘の上で、ひとりマント 
に見を包み、仰向けに横たわ
って、星の流れるのを見たこ 
とがある。十一月の凍った星 
座から、一條の青光をひらめ 
かし、忽焉とかき消えたその 
星の孤独な所行ほど、強く私 
の青春の魂をゆり動かしたも 
のはなかった。

それから半世紀、命あって、
若き日と同じように、十一月 
の日本海の砂丘の上に横たわ 
って、長く尾を曳いて疾走す 
る星を見る。併し心うたれる 
のは、その孤独な所行ではな 
く、ひとり恒星群から、脱落 
し、天体を落下する星という 
ものの終焉のみごとさ、その
おどろくべき清潔さであった。
井上靖

[碑陰]
一人の四高生があった。三年間
彼の日々は柔道着で、無声堂の道
場に明け暮れた。
やがてわが青春を律したものと
の訣別の時が来た。心虚ろなるま
まに、北海の砂丘に身を横たえ、
天上の星の流れに驚嘆、その存在
の悠久にわが心の孤獨を重ねた。
その時忽然として身内に湧き出て、
その魂をとくとくと充たしたもの、
それは星のように清冽にして芳醇
の時であった。
半世紀前の、詩神誕生の神話、
その学生の名は、井上靖、同窓、
有志、相図り、縁りのこの地に永
くその名を留める。

昭和丙寅十月
山本健吉



 

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