麻生副総理がまた問題発言をしたという。問題になっているのは、以下の
発言である。
「(政治家になる)動機は私は問わない。結果が大事だ。いくら動機が正
しくても、何百万人も殺しちゃったヒトラーは、やっぱりいくら動機が正
しくてもダメなんですよ」
自らが率いる派閥の研修会で、麻生氏はそう述べたというのだが、この発
言の何が問題なのか、鈍感な私には、皆目合点が行かない。
この発言を問題視する人は、「ヒトラーの動機」を麻生氏が肯定したと受
けとめているようだが、そんなふうに解釈することができるだろうか。
「(政治家になる)動機は私は問わない」とまず麻生氏は述べている。そ
う断りを入れたうえで、彼はヒトラーに言及しているのだ。麻生氏はヒト
ラーの政治的動機の方ではなく、(ホロコーストを行ったという)結果の
方を取りあげ、これに「ダメだ」と否定的評価を下しているのである。
麻生氏の発言にまったく問題はない。問題だと言う人は、いちゃもんをつ
けているに過ぎないのだから、これをさも真っ当な意見であるかのように
受けとめ、一緒に騒ぎ立てるほうが問題なのである。
麻生氏の発言のうち、私が注目するのは、「(政治家になる)動機は私は
問わない」と述べた部分である。政治家になる動機なんて、だいたいが偉
ぶりたいとか、指図する人間になりたいとか、そういう月並みな支配欲か
らくるもので、「困っている人を助けたい」などという御大層なことでは
ない。ひとを行為へと駆り立てるのは「力への意志」だとニーチェは述べ
たが、この言葉は政治家にこそ当てはまる。これを「動機が不純だ」と言
うのなら、不純な動機を持たない政治家などいるだろうか。不純な動機を
持たない人間などいるだろうか。
それにしても麻生さん、どうして自分の発言をすぐに撤回しちゃったの。
これは失言ではなく、至言だと思うんだけどなあ。「誤解を招いたから」
なんて、誤解をするほうが問題なのさ。
発言である。
「(政治家になる)動機は私は問わない。結果が大事だ。いくら動機が正
しくても、何百万人も殺しちゃったヒトラーは、やっぱりいくら動機が正
しくてもダメなんですよ」
自らが率いる派閥の研修会で、麻生氏はそう述べたというのだが、この発
言の何が問題なのか、鈍感な私には、皆目合点が行かない。
この発言を問題視する人は、「ヒトラーの動機」を麻生氏が肯定したと受
けとめているようだが、そんなふうに解釈することができるだろうか。
「(政治家になる)動機は私は問わない」とまず麻生氏は述べている。そ
う断りを入れたうえで、彼はヒトラーに言及しているのだ。麻生氏はヒト
ラーの政治的動機の方ではなく、(ホロコーストを行ったという)結果の
方を取りあげ、これに「ダメだ」と否定的評価を下しているのである。
麻生氏の発言にまったく問題はない。問題だと言う人は、いちゃもんをつ
けているに過ぎないのだから、これをさも真っ当な意見であるかのように
受けとめ、一緒に騒ぎ立てるほうが問題なのである。
麻生氏の発言のうち、私が注目するのは、「(政治家になる)動機は私は
問わない」と述べた部分である。政治家になる動機なんて、だいたいが偉
ぶりたいとか、指図する人間になりたいとか、そういう月並みな支配欲か
らくるもので、「困っている人を助けたい」などという御大層なことでは
ない。ひとを行為へと駆り立てるのは「力への意志」だとニーチェは述べ
たが、この言葉は政治家にこそ当てはまる。これを「動機が不純だ」と言
うのなら、不純な動機を持たない政治家などいるだろうか。不純な動機を
持たない人間などいるだろうか。
それにしても麻生さん、どうして自分の発言をすぐに撤回しちゃったの。
これは失言ではなく、至言だと思うんだけどなあ。「誤解を招いたから」
なんて、誤解をするほうが問題なのさ。