和貴の『 以 和 為 貴 』

論語:泰伯第八 〔11〕 周公の才の美有りとも


論語を現代語訳してみました。



泰伯 第八

《原文》
子曰。如有周公之才之美。使驕且吝。其餘不足觀也已。

《翻訳》
子 曰〔のたま〕わく、如〔たと〕い周公〔しゅうこう〕の才〔さい〕の美〔び〕 有〔あ〕るとも、使〔も〕し驕〔たかぶ〕り且〔か〕つ吝〔おし〕めば、其〔そ〕の余〔よ〕は観〔み〕るに足〔た〕らざるのみ。




《現代語訳》


孔先生はまた、次のようにも仰られました。


たとえ、周公ほどのすぐれた智才がそなわっていたとしても、その人柄が驕り高ぶるようであってり、また吝嗇〔りんしょく〕のようであったりすれば、そのような人物を私は、師弟〔してい〕として認めることはない、と。


〈つづく〉



《雑感コーナー》 以上、ご覧いただき有難う御座います。

『吝嗇』とは、極度に出し惜しみをすることで、一般には「ケチ」としており、驕り高ぶることの対照として孔子は、述べたものだと思われます。

そして、最後の『師弟として…』の下りについては、孔子は弟子をかかえていながらも、その弟子たちの日ごろの行ないなどを観ては、自分の "師" であるとも考えていたことから、あえて弟子・師を限定せずに、師弟として訳してみました。



※ 孔先生とは、孔子のことで、名は孔丘〔こうきゅう〕といい、子は、先生という意味
※ 原文・翻訳の出典は、加地伸行大阪大学名誉教授の『論語 増補版 全訳註』より
※ 現代語訳は、同出典本と伊與田學先生の『論語 一日一言』を主として参考


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