癒しのカピバラ日記

各駅停車でぼちぼちいこう

スプリットからボスニアへ

2018-07-06 | 旅行

旅 5日目

アドリア海沿岸最大の街スプリット市内観光

ローマ皇帝を退位した後ディオクレティアヌスが住んだ宮殿がそのまま残るスプリットは古代の遺跡と現代の生活がミックスされたクロアチア第二の都市

宮殿は1700年前に建造され一部は民家やお店になっている

かつて海の入り口だった門(青銅の門)から宮殿の地下へ入る

ここは宮殿の邸宅部分の地下層で今では博物館となっているが

当時は倉庫やワイン、オリーブ油の製造所 として使われた

  石畳の路地、水呑場、金の門、グルグ-ルの像

    

階段がカフェになっている

 

 

鐘楼(高さ66mの宮殿のシンボル)

  

大聖堂

(ディオクレティアヌスの霊廟だった建物を8世紀にキリスト教の大聖堂に改築)

コリント式の8本の柱が丸天井を支える

その後国境を越えてボスニアヘルツェゴビナのモスタル

お昼はボスニア風肉団子(チェバブチチ)塩気が強かったけどおいしかった

前菜がアップルパイ、デザートは甘いシロップ漬けケーキの様なもの

とってもボリューミー!!

    

雨が降っていて色々見られなかったけどモスタルの街が平和を取り戻せてよかったと感じた

    

スタリ・モストは16世紀にオスマン朝支配下の時に造られた石の橋

橋台を用いず、両岸からアーチ状にかかる美しい橋だった

ボスニアヘルツェゴビナは旧ユーゴスラビアの共和国の1つ

かつてユーゴスラビア紛争で民族対立が激しくなりモスタルもその戦火の中、傷ついた街の1つでした

人々が行きかうスタリ・モストは1993年に爆破されましたが2004年ユネスコの協力により復元されました

ネレトゥヴァ川に落ちた橋の石を拾い、足りない石は16世紀の石を探して準備したそうです

翌年世界遺産に登録されこの橋を中心にキリスト教会、レストランやお土産店イスラム寺院などがあり、今では共存と平和を取り戻しました

コスキ・メフメット・パシナ・ジャーミヤ(イスラム寺院)内部

赤いジュータンの前にはメッカの方角に向けて、壁にミフラーブと呼ばれる窪みがあり、右隣りには集団礼拝の際に説教を行う階段状の説教段がある

  身体を清める

あるお店で紛争中の橋が爆破されたビデオを見せてもらった時はとても胸が痛みました

モスタルは戦争の悲惨さ、平和の重みを強く感じた印象深い街となりました

 

再び国境を越えてクロアチアへ

途中ネームというところで再度ボスニアへ入国したかと思いきや、

またまたクロアチアへ入国し直すというややこしい国境越えを体験

クロアチアの地図を見たら「はは~ん」と分かるのですがなんともややこしい堺がある領土なのです

今日はドブロブニクからバスで30分のツァウタットに宿泊

ドブロブニクの街を観ながらホテルに向かう

海に沈む夕日が明日へのわくわく感を一層刺激します

バスの中から撮った夕日

ドブロブニクの旧市街が見えた時バスの中で歓声が上がりました