平成25年12月23日
「天皇という立場にあることは、孤独とも思えるものですが、私は結婚により、私が大切にしたいと思うものを共に大切に思ってくれる伴侶を得ました」
「天皇の役割を果たそうと努力できたことを幸せだったと思っています」
このお言葉の後には、「太平洋戦争で多くの命が失われたこと」そして「知日派の米国人に感謝」という
と続きます。
この言葉に心理的躓きを覚えない保守は、偽物ではないですか?
少なくとも何かに麻痺させられています。
太平洋戦争とやらで、多くの日本人の命が失われたことが、日本だけのせいなのですか?
その後の奇跡的な復興は、「知日派アメリカ人」のおかげなのですか?
>私は結婚により、私が大切にしたいと思うものを共に大切に思ってくれる伴侶を得ました
GHQと癒着の家から来た平民の娘と、GHQ由来の自虐史観を大切に共有ができ、折りに触れ反省と
詫びの言葉を述べられてきました。
「結婚」というこの言葉の薄っぺらさ。
皇太子の成婚は「即位の儀」というやがて執り行われるべき
宮中最大の神事と結びついていることへのご自覚も希薄。
>天皇の役割を果たそうと努力できたことを
天皇って、「役割」なんですか? 日本国を体現する「宿命」ではないでしょうか?
日本人の精神性が最も美しく昇華した、「思いと祈りの具現化」ではないでしょうか。
昭和の御代まではそうでした。
▼天皇皇后両陛下との懇談では、緊張した様子だったということです。
http://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000113498.html
31日午後3時ごろ、皇居を訪れたフィリピンのドゥテルテ大統領は、両陛下の出迎えに深々とお辞儀をして御所に入りました。宮内庁によりますと、懇談が始まった当初、大統領はひざに手を置いて姿勢を正し、緊張した様子だったということです。陛下が先の大戦でフィリピンの多くの人が犠牲になった話をされると、大統領は「両国は川の流れのように過去を乗り越えて、素晴らしい協力関係を築いた」と返したということです。懇談は25分ほどで、大統領はその後、帰国の途に就きました。
・・・・ここまで
一体いつまで、天皇陛下は(というより、操っている皇后陛下なのかしら?)
「日本が悪かった」という方向へ、話を持って行かれるのでしょう。
そういう場じゃないでしょう?
相手は単に表敬訪問にいらしているだけなのに。
昨年のフィリピン訪問のとき、とっくになさった話では?
なんで、わざわざ何度も蒸し返されるのでしょうね。
国民に私達の先祖は悪者だったのだ、思い出させるためでしょうか。
宮内庁のHPより。
天皇皇后両陛下 フィリピンご訪問時のおことば
フィリピンご訪問ご出発に当たって
平成28年1月26日(火)
フィリピンご訪問ご出発に当たっての天皇陛下のおことば(東京国際空港)
<英文>へ
>フィリピンでは,先の戦争において,フィリピン人,米国人,日本人の多くの命が失われました。中でもマニラの市街戦においては,膨大な数に及ぶ無辜のフィリピン市民が犠牲になりました。私どもはこのことを常に心に置き,この度の訪問を果たしていきたいと思っています。
フィリピン
平成28年1月27日(水)
フィリピン大統領閣下主催晩餐会における天皇陛下のご答辞(大統領府)
>この戦争においては,貴国の国内において日米両国間の熾烈(しれつ)な戦闘が行われ,このことにより貴国の多くの人が命を失い,傷つきました。このことは,私ども日本人が決して忘れてはならないことであり,この度の訪問においても,私どもはこのことを深く心に置き,旅の日々を過ごすつもりでいます。
・・・・・・・・・
同じ文言を何度も何度も、お相手が表敬訪問にいらしてさえ。
戦闘は日米両国間であり、米国はそんなこと謝りもしてません。
以下は、昭和天皇の「人間宣言」に「英霊の声」で激しく抗議した三島由紀夫の言葉。
前稿のコメ欄に読者さんが寄せてくださいました。
①東大全共闘との討論会にて
私が天皇、天皇というのは、今、洞察されたように、今の天皇は非常に私の考える天皇ではないからこそ言える。私の考える天皇にしたいからこそ言ってるんであって。
ところが天皇というものは、それほど堂々たるブルジョアじゃないんだ。もし天皇が
たらふく食っているような堂々たるブルジョアであったら、革命というものは容易であった。それでないからこそ革命は難しいんじゃないか。そしてその難しさの中で諸君は戦い、僕だって戦っているんだ。
それはね、日本の民衆の底辺にあるもんなんだよ。それを天皇と呼んでいいかどうか分からない。たまたま僕は天皇という名前をそこに与えるわけだ。それをキャッチしなければね、諸君は成功しないし、僕も成功しない。
こんなことを言うとね、揚げ足を取られるようで言いたくないんだけどね、一つ個人的な感想を聞いて下さい。僕らは戦争中に生まれた人間でね。(学習院の卒業式で陛下の)3時間微動だにしない御姿を見て、とにかく木像のごとく微動だにしない、卒業式で。その天皇から私は(恩賜の)時計をもらったんだ。そういう個人的な恩顧があるんだな。こんなこと言いたくないよ、俺は。(全学連学生の笑)
言いたくないけどね、人間のそういう歴史があるんだ。それはね、どうしても否定できないんだ。僕の中でね。(陛下は)とても立派だったんだ。
中略
天皇という言葉を口にするのも汚らわしかったら、この2時間のシンポジウムの中で、あんなに大勢の人間が、たとえ悪口にせよ、天皇、天皇と言ったはずがない。
言葉は言葉を呼んで、翼を持ってこの部屋を飛び回ったんです。この言霊がどこに、どんな風に残るかは知りませんけども、その言霊を残して私は去って行きます。
以上
(三島由紀夫は戦後の天皇の人間宣言を全否定していました。戦後の昭和大帝に対して反感を持っていました。しかしこの全共闘との討論を聞くと、抜きがたい天皇への尊崇がうかがえます。そしてこの一年後(昭和四十五年1970年)市ヶ谷の陸上自衛隊総監室で天皇陛下万歳を三唱して割腹自決します。)
②福田恆存との対話
天皇はあらゆる近代化、工業化によるフラストレーションの最後の救世主として、そこにいなけりゃならない。それを今から準備しなけりゃいけない。天皇というのは、国家のエゴイズム、国民のエゴイズムというものの一番反極のところにあるべきだ。そういう意味で天皇は尊いんだから、天皇が自由を縛られても仕方がない。その根本にあるのは「お祭」だ、ということです。天皇がなすべきことは、お祭、お祭、お祭、お祭、それだけだ。
・・・・・・・・・・ここまで
全文言、120%賛意を持ちます。
祭祀を疎かに考え、祭祀不能の皇太子を次代の祭祀王として早めに据えるべく「生前退位」を
憲法に逆らって画策、その連れ合い(皇后と、もはや言いたくない時があります。元はといえば、庶民。
国会でと呼ばれたことも国会記録にあり、事実かどうか別として)の
私情にそそのかされて、祭祀不能の長男を次代天皇として認めるなど、
皇祖神に逆らう大不敬でしょう。
今上陛下は、いつかのお誕生日談話として「孤独な天皇という立場にある私を、皇后が支えてくれました」という意味のことを述べられましたが、孤独は大統領なり総理なり一国を背負って立つ者なら担う宿命。
「天皇という立場にあることは,孤独とも思えるものですが,私は結婚により,私が大切に したいと思うものを共に大切に思ってくれる伴侶を得ました。皇后が常に私の立場を尊重 しつつ寄り添ってくれたことに安らぎを覚え,これまで天皇の役割を ...」
何かを得るには何かを諦め失うのが、この世の法則。
莫大な富と名声とある種の権力とを全て手に入れながら、庶民の安らぎまで望むとは。
代々課せられてきた孤独と不自由が嫌なら天皇は辞めるしかないし、その時は日本も天皇を手放すときでしょう。
単なる特権セレブが日本に必要なわけではありません。しかもそのセレブは折りに触れ自虐の左翼史観を
世界に向けて発信なさいます。
天皇であることの孤独など、よく言うよ・・・と思います。
その孤独の何という至高と輝き、太宰の言う「選ばれてあることの恍惚と不安」というごとき、選良意識と誇りを持ち得ぬ凡人に天皇は務まりません・・・・
多感な少年時代にGHQに残酷な恫喝を受け、バイニングという占領軍から放たれた
洗脳係に支配され尽くし、学習院時代は「いつ、占領軍がわたくしを殺しに来るか」
と怯えていらしたという今上陛下には、人として同情すべき余地はありますが
昭和天皇のごとく、天皇であることの厳しい孤独を担う器ではなかったのだと、思い知るしか
ありません。
それは、それでしょうがありません。生まれもった人としての頭脳や資質は
どうしようもないのだから。
それならそれで、姿勢正しい優秀な頭脳の側近がお手助けしてお支えすればいいのだし、
かつてはそういう忠臣がいました。そんな忠臣までをも、GHQによる皇室支配は
根絶やしにしてしまい、今や逆賊でしかない小和田恒氏配下の外務省創価の
者たちが宮内庁にはひしめいています。
皇后陛下の「一人の人間が象徴足り得るか」という賢しら気な命題も、愚かです。
象徴であることを模索する必要などありません。
象徴というのは、日本の国旗に準じます。黙してただそこにおわせばよい。
そして、祭祀。順徳天皇の遺訓にあるごとく「全てに先駆けて、祭祀をせよ」、
それが象徴なのです。
皇室に男女平等だの、人権、人格など持ち込んだら皇室は瓦解します。
それを持ち込まれたのがGHQと小麦利権で癒着の正田家からいらした美智子さんであり、
そこから敷衍して皇太子殿下の「雅子の人格」発言になります。
皇族に人格などありません。敢えて申せば。
だから戸籍もありません。
それを代償に、海外にお出向きのときは国が自衛隊機を飛ばします。
国内では専用列車、道路を封鎖しての通行が認められています。
あろうことか、政(まつりごと)に口を出し、憲法違反を内閣に強いるなど。
それも学習院大学という偏差値がさほど高くもない学校を卒業もできず、「学業終了」という
ていのいい放校をされた我が頭脳の程度も考えず、国家の威信と歴史がかかる謝罪や反省の言葉を
やすやすと口になさり、挙句の果てに皇室の先祖に朝鮮人がいる・・・・。
日本という国が一つにまとまって破綻しなかったのは、流動する政と、終始変わらぬ象徴としての権威が分離してあったからです。
政治は流動して変転定まらずとも、天皇としての変わらぬ権威が富士山のごとく静かに
そびえていた。それが日本でした。革命の入る余地がなかった。
天皇とは富士山であり、日の丸なんです。
ちょこまか慰霊の旅とやらに動き回り、被災地訪問でそれをDVDにして売り、
折あらばGHQ仕込みの自虐史観を口にされ
かつての占領軍の亡霊にお追従を言うことではありません。
天皇を「役職」と勘違いなさっているから、「退職(退位)」などとおっしゃるんです。
そう、この場合は退職でしかないでしょう。
しかも民間の退職という姿からは程遠く、権威はそのまま部下もそのまま引き連れて、
本来は次の社長が入るべき部屋(東宮御所)を陣取ってしまわれる。
学習院時代、学友たちが記憶していた言葉「朝、仕事に出たら5時には家に帰り、家庭生活を
大事にしたい」とそのまま、今もお考え変わらず。それでいて、あれもこれもと従来の天皇の莫大な特権を
退位後も要求される。
二言目には、妻が娘がとしか口にしない皇太子殿下がそれを丸ごと、さらにレベル低下して引き継がれ、
引き継がない秋篠宮殿下が両陛下にとりわけ皇后陛下に疎まれる。
上テンノーーヘイカ ばんざい。
じょーこーごーさま、ありがとー。
並てんのー様と、並こーごーさまの御代はどんな名前がつくのでしょうね。
あからさまに書き、不快に思われる人たちもいるのでしょうが・・・・
他ならぬ天皇皇后が、この日本国のみならず皇室を損ねる「何か別の存在」に成り果てている
という現実は直視すべきと思います。
GHQ発です。彼らは実に実に、巧妙でした。
すごいです。
お人好しの日本人には彼らの奸計は思いもつきません。
以下はコメ欄への投書です。
▼皿婆女帝、闇の妖術 (伊藤知昭)2017-11-01 09:54:30
BB様、皆様
救国のブログ、有り難う御座います。
気になる雑誌記事。
貼らさせていただきます。
[ 美智子皇后が誕生日談話で安倍政権にカウンター! 安倍が無視した ICAN ノーベル賞の意義を強調、反ヘイト姿勢も鮮明に - LITERA ] 2017年10月22日 公開 編集部 LITERA リテラ
http://lite-ra.com/2017/10/post-3533_3.html
猛烈な反安倍の雑誌が皿婆女帝を擁護。
そして日本のみならず、米国ではトライアル降ろしの強風。
再び天皇皇后擁護の記事。
順不同で関連記事。
[ 安倍首相が ″天皇のおことば ″を日本会議系御用学者に事前に漏洩していた! 生前退位巡り天皇への反撃を依頼か - LITERA ] 2017年01月28日 公開 宮島 みつや LITERA リテラ
http://lite-ra.com/2017/01/post-2882_3.html
[ 天皇が「 主権回復の日 」に「 沖縄の主権は回復されていない 」と異議を唱えていた! 安倍政権に奪われる天皇の発言機会 - LITERA ] 2017年01月01日 公開 編集部 LITERA リテラ
http://lite-ra.com/2017/01/post-2820_4.html
安倍憎しの典型。
あたかも天皇皇后の代弁。
[ 生前退位で天皇の意向無視した安倍首相が親しい政治家の前で天皇を茶化す発言! 天皇は誕生日会見で何を語るのか - LITERA ] 2016年12月18日 公開 宮島 みつや LITERA リテラ
http://lite-ra.com/2016/12/post-2783_3.html
雅子妃擁護からの流れ。
背後には皿婆女帝。
[ ″雅子妃の代弁者 ″といわれる皇室ジャーナリストが明かした「 皇太子妃を辞める 」発言と不妊治療の真実 - LITERA ] 2015年12月09日 公開 伊勢崎 馨 LITERA リテラ
http://lite-ra.com/2015/12/post-1764_4.html
全て繋がるでしょう。
皿婆女帝が腹心のマスコミ陣を総動員。
印象操作で世論誘導。
忖度を含め御花畑を牛耳る醜い構図。
日本大事、天皇大事、万世一系の秋篠宮御一家による宮中祭祀が大事。
文仁親王と悠仁親王の御代を目指して。
御多忙中、大変失礼致しました。
......ここまで