伊勢ー白山 道

集団では無く、社会の中で心身の健康を正しく個人で目指します

木の花に咲く

2009-05-07 10:14:30 | Weblog
人生では、親しい人との死別は避けられません。
よく知る人が亡くなる度に、自分が知る、その人の人生を考え
るものです。 この、思い出してあげる事が本当の供養です。
しかし、年月が進むに連れて、その故人を思い出す回数は減
って行くものです。 自分自身も生きる事に懸命ですから仕方
が無い事です。
故人の命日や御彼岸などは思い出してあげる為の日です。
金銭を掛けた法事をしても、集まった縁者の御世話や対人
関係に気を取られていては生けません。
故人の良い事を思い出してあげる事が大事です。

人間は、1つの枝先に咲く一輪(いちり、ん)の花であると神霊
は伝えます。 花は時期が来れば必ず枯れます。
ただ、咲いている最中(=人が生きている間)は、そこに咲いて
いるだけで良いのです。 風に吹かれて揺れ動いたり、強い雨
に打たれて花(=自分自身)が落ちそうに成る時もありますが
、自然に落ちるまで咲き続けている。 ただそれだけで良いの
です。

大事な事は、枝先に花が咲くまでには「途中の枝」=「先祖」
が日々生きて伸びたお蔭だと言う事です。
花が咲いている最中は、枝は花を後ろから支えています。
大地から吸い上げた水分は、1本の幹(=1つの分神)と枝を
通して無言で花に贈られます。 
木の幹と枝に支えられながら、全体を代表して咲いているのが
今の「花」=「自分自身」なのです。
後ろで無言で支え続ける存在の為にも、思いっ切り咲きたい
ものですね。

私は自分の死後に毎回思って来た事があります。
それは、人生のどんな苦労や悲劇も大した物では無かったと
言う事でした。 死ぬ様な目に遭っても、やはりそうでした。
皆さんも、全く同じです。
今、死にたいと真剣に悩んでいる人も、あの世に帰ると自分が
悩んでいた事を明るく思い出して笑います。
まだまだ耐えられたし、もっと自分を成長させる事が出来た
筈だと残念に思います。
くやしい~!神様もう一度だけチャンスを~!と、成るのです。

次回も花が咲く木が在るのかどうかは、今咲いている花の
咲き方次第でしょう。

生かして頂いて ありがとう御座位ます

人類の 5% 運動を広めたいです。
    

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コメント (421)
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