羽生結弦選手 応援ブログ~kosumo70

日々の出来事や、フィギュアスケート、羽生選手の情報や感想など。
楽しく羽生選手を語りたいと思います。

羽生結弦の真実

2014-12-17 11:37:01 | 日記
 男子ショート・プログラムのミスの連鎖は羽生が原因?!
  ~GPファイナルを振り返って

 ●ミスに沈んだ町田、無良 全日本での巻き返しを期待
  羽生の鮮やかな復活劇とは対照的に、町田樹、無良崇人は残念な成績に
  終わりました。
  ふたりとも、自分のできるスケートをやり切っての敗戦ではないだけに、
  余計悔しいことでしょう。特にSPは出場者全体にミスが連鎖して、羽生を
  除く2位以下の選手は、失敗の度合いがより少なかった順に並んでいったかの
  ようでした。

  そうなった理由のひとつは、第一滑走者が羽生だったせいかもしれません。
  というのも、羽生があれだけのSPをいきなり披露したことで、場内の空気が
  一気に張り詰めた。「あの演技の上を行かなくては」とばかりに、ものすごい
  緊張感に包まれたのです。フェルナンデスなどは、地元スペインの大声援が
  「かえって緊張につながってしまった」と言うほど。本来の滑りを見失って
  いました。

  そのなかにあって、町田は出だしの4回転+3回転の連続ジャンプでの着氷の
  乱れだけと、ミスを最小限にまとめて、SP2位と表彰台を狙える位置に付けました。
  ところが、フリーでは冒頭の4回転で転倒すると、どんどん悪循環に陥ってしまった。
  昨シーズンのスケート・アメリカで優勝して以来、あんな姿の町田は見たこと
  がなかった。

  本人も演技後に話していましたが、今シーズン挑戦している「ベートーベン交響曲9番」は、
  ひじょうに難度が高いプログラムです。
  コンディション調整の失敗もあったようですが、新しいプログラムに、まだまだ
  慣れ切っていない印象を受けました。そのため、ひとつリズムを掴み損ねると、
  取り返しがつかなくなる。こればかりは滑り込みを重ねて、回数をこなしていくしか
  ありません。

 また、五輪で金メダルを獲得して、その翌シーズンのGPファイナルで優勝した選手は、
 羽生が初めてです。これまでは多くの金メダリストたちが、次のシーズンを
 休養やケガの治療に充てていました。もちろん長年必死に追い求めてきた五輪の
 金メダルが手に入れば、その時点で燃え尽きてもおかしくありませんし、名誉や
 栄光を守りたくなる気持ちも理解できます。

 ですが、羽生は引き続き、今シーズンも戦うことを選択しました。
 そうやって羽生が世界の頂点に立ち、牽引してくれているおかげで、日本の
 男子フィギュアのレベルは飛躍的に向上しています。そもそもGPファイナル
 出場の6選手中、日本人選手が3人いること自体が驚きです。
 なにせ、あのフィギュア強国のアメリカの選手がひとりも出ていないのですから。
 シニア、ジュニアを問わず、いまみんなが羽生の背中を追いかけている。
 世界で最もレベルの高い競争が、いま日本で展開されている。
 なぜなら、羽生結弦がいるからです。

 佐野 稔
 (ヤフーニュース より)

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 圧巻の羽生!いずれ300点超えも! ~GPファイナルを振り返って

 ●まるで「羽生結弦物語」のようだったGPシリーズ
  
  すごかった。ほかに表現する言葉が見つかりません。16日にバルセロナから
  帰国したのですが、まだ興奮が残っています。特にフリー冒頭で羽生結弦が
  決めてみせたサルコゥとトゥ・ループ、2種類の4回転ジャンプは「完璧」。
  フリーの全体を見ても、昨シーズンのグランプリ(GP)ファイナルや今年2月
  のソチ五輪の出来を上回るくらい。素晴らしい内容でした。

  NHK杯の段階で、すでにジャンプの感覚は戻っていました。公式練習や6分間練習を
  見ていると、技術的な問題はありませんでした。ところが、本番になって曲が掛かると、
  NHK杯では余計な力が入っていた。おそらくは練習不足の影響でしょう。
  ブライアン・オーサーコーチの指示で、このGPファイナルまでのおよそ10日間に、
  相当な量の音楽を伴っての練習をこなしてきたと聞きましたが、それが功を奏して、
  今回はショート・プログラム(SP)、フリーともそうした力みは見られませんでした。

  またNHK杯終了後、羽生本人が「GPファイナルには挑戦者として臨む」と語って
  いましたが、そのコメントを聞いたとき、私の期待は膨らんでいました。
  今シーズンの羽生の演技や発言などを見聞きしていて、あまりにも
  「五輪金メダリスト&世界王者」にふさわしい選手であろうとして、自分で決めた枠の
   なかに、自分を押し込めているように感じていたからです。

 その結果……中国杯、NHK杯では惨敗を喫した。プライドはうち砕かれたかもしれません。
 でもそれと引き換えに、ようやく自分を解き放つことができたのではないでしょうか。
 そうした精神面での変化も、ファイナル優勝の大きな要因になった気がします。

 中国杯でのアクシデント、NHK杯での復帰、ギリギリのファイナル進出、そして2連覇。
 次々と襲いかかる逆境を乗り越えたヒーローが、見事ハッピー・エンドで締めくくる。
 並大抵の選手にできることではありません。
 さまざまなことが起きた今シーズンのGPシリーズですが、こうして終わってみると、
 まるで羽生のために用意された物語のようでした。

 ●まだ残される可能性 前人未到の300点台も
 
  2位のハビエル・フェルナンデス(スペイン)に30点以上もの大差をつけての
  優勝ではありましたが、SP、フリーともに、演技最後のルッツ・ジャンプでは
  転倒してしまいました。まだイメージが固まっていないのか、ルッツだけは、
  なんとなくシックリきていない様子なのです。この傾向は中国杯の公式練習から、
  ずっと変わっていません。私の眼には、踏み切る際にお尻から上がっていて、
  回転軸が傾いてしまっているように映ります。
  12月26日に開幕する全日本選手権(長野・ビッグハット)に向けた、修正ポイント
  になるでしょう。

  ただ、そうしたマイナスを補って余りあるほど、いまの羽生にはジャンプの伸びや
  スケーティングなどに、さらなる上達の跡が見られます。ここに来て、また一段と
  上手くなっている。もう非のうちどころがないレベルです。
  だから1度転倒したくらいの減点では、ビクともしない。
  羽生が普通の出来だったら、ちょっとほかの選手は太刀打ちできない。
  それくらいの“圧倒的な”強さになっています。

  さらに付け加えると、中国杯でのアクシデントのために、いまだ実現していませんが、
  今シーズンはもともとSP、フリーのどちらも、演技の後半に4回転ジャンプを
  組み込む予定でした。羽生陣営はGPファイナルのままの構成で全日本選手権も
  行くつもりのようですし、私も全日本ではまず、ノーミスの演技を心がけて
  欲しいと思います。それができれば、間違いなく優勝でしょうから(笑)。

  そのうえで、後半に4回転を跳ぶプログラムを、いつ解禁するのか。
  ファンのみなさんも注目していることでしょう。来年3月の世界選手権になるのか。
  それとも、来シーズン以降のことなのか。いずれにせよ、世界一になってもなお、
  羽生には可能性の余地が残されているのです。
  そして、その新プログラムが成功したときには、SP100点、フリー200点の合計300得点。
  そんな前人未到の領域に手が届いても、いまの羽生であれば、不思議はありません。

  佐野 稔
 (ヤフーニュース

 

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 私だけが知っている「羽生結弦の真実」 
 専属コーチ、ブライアン・オーサーがすべてを明かした


 転んでも転んでも、観客は大熱狂。それは、羽生だけが持つスター性だ。
 なぜ彼はここまで人を惹きつけるのか。羽生からの信頼が厚い専属コーチが、
 知られざる努力とその素顔を、本誌だけに語った。

 私もユヅルに魅了されている

 なぜ羽生は、転んでも人を惹きつけるのか、ですか?その質問は私がこれまで受けた
 なかで、ベストなクエスチョンですね。

 才能、技術、ルックス……その答えには様々な要素があげられますが、私は彼の
 スピリットこそが一番の理由だと思います。

 ユヅル(羽生)は、スケートが大好きなんです。
 その情熱には、コーチの私ですら魅了される。私は現役を引退して17年になりますが、
 私も彼と同じようにスケートを愛し、懸命に練習に取り組んでいた。
 ユヅルの演技は、その頃の自分を思い出させてくれるんです。

 彼の滑りは、そういった感動を私だけでなく、すべての観客に与えている。
 卓越した技術があるのはもちろんですが、「スケートへの愛」、それこそが、
 ユヅルの演技をより魅力的なものにしているのです。

 そう語るのは、ブライアン・オーサー氏(52歳)。羽生結弦の専属コーチを務める人物だ。

 オーサー氏自身も現役時代は、「ミスタートリプルアクセル」の愛称で知られた名選手で、
 '84年のサラエボオリンピック、'88年のカルガリーオリンピックで連続銀メダルを獲得した。

 '88年に現役引退した後は、プロスケーターとして各国でアイスショーに出演し、
 '06年にキム・ヨナと出会ったことでコーチ業へ転身。
 '10年のバンクーバーオリンピックではキム・ヨナが金メダルを獲得。その後、
 '12年から羽生結弦の指導をするようになり、2年という短期間で、'14年2月の
 ソチオリンピックの金メダルに導く。
 先月20日には、自身の半生をつづった『チーム・ブライアン』(講談社)を出版した。

 コーチに就いて以来、羽生の心技体すべてを指導してきたオーサー氏が、彼だけが
 知る羽生の真実を語った。

 ヨナに続き、ユヅルがソチで優勝すると、多くのコーチや選手、メディアから
 「どうやったら金メダルを獲らせることができるのか?」と聞かれました。
 私の指導を受けたら、金メダルが獲れる、みなさんそんなふうに思ったのでしょう。
 事実、ユヅルの優勝後、私のもとには世界中のスケーターから、指導の依頼が
 殺到しました。

 ただ、はっきり言っておきたいのですが、私に何か特別なスキルがあったために、
 ヨナとユヅルが優勝できたわけではありません。

 ユヅルには元々豊かな才能があり、日本でそれを育んだ上で私のところへやって来た。
 確かに、ユヅルの4回転ジャンプの成功率が上がったのは、私が指導するようになって
 からですが、すでにトップスケーターとしての素養は持っていたのです。

 日本のコーチ、トレーナー、そして家族、様々な人々のサポートによって、
 現在のユヅルは存在している。私の役割は、彼が才能を開花させられる環境を
 整えたことに尽きます。

 突然「会いたい」と連絡が

 ユヅルからオファーが届いた日のことは、よく覚えています。
 '12年の世界選手権の後のことでした。

 ユヅルから「会いたい」と連絡が来たときは、正直驚きましたね。

 彼は当時、17歳という若さでしたが、すでにトップスケーターの一人でした。
 そして私は、現在もユヅルと共に指導しているハビエル・フェルナンデスと
 いうスペイン選手のコーチを務めていた。

 トップスケーターが、オリンピックを2年後に控えた時期に、ライバルの
 コーチへオファーを出すということは、ほとんどありえません。
 対抗心によって自身の練習に集中できない、マンツーマンの場合のような
 きめ細やかな指導が受けられない、と考えるものですからね。

 そこで私は、本心を聞くため、すぐにカナダから日本へ発ち、ユヅルに会いました。
 内気な少年、というのが第一印象でしたね。

 私は、「なぜオファーを出したんだい?」と聞いた。
 すると彼は、「僕はトロントへ行ってブライアンと練習したい」とひと言。
 拙い英語でしたが、それで十分でした。その言葉だけで、彼の情熱が伝わってきたんです。
 後に詳しく聞いたところ、彼は4回転が得意なハビエルを見て、私の指導に
 秘密があると考えたみたいですね。

 その後、ユヅルが私のもとへやってきたのは、'12年の5月です。私たちはすぐに、
 トロントにあるホームリンクで、動きや滑りを試しました。とても刺激的な時間でした。

 初めて見たときの印象は、とても才能があるが自分をコントロールできていない、
 というものです。ステップやつなぎでミスをする甘さがあった。
 悪く言えば雑、よく言えばワイルドでしたね。

 それでも私は、前述のとおり、彼のスピリットに心を打たれた。
 ユヅルはスケートに情熱を持っていて、滑ってジャンプすることが大好きなんだと、
 ひと目でわかりましたよ。

 私は、マンツーマンでつきっきりで指導するということはしません。
 振り付け、スケーティング、ジャンプなど、それぞれに長けたコーチたちと一緒に、
 「チーム・ブライアン」を組んで、細かな指導は各分野のスペシャリストに
 任せているのです。もちろん私が直接指導にあたる場面も多々ありますが、
 あくまで私はチームの指揮をとり、責任を取る存在に過ぎません。

 そのチーム・ブライアンでは、新しい選手が来た場合、必ず基礎トレーニングから
 始めます。ユヅルのようなトップスケーターでも、それは例外ではない。

 彼は面食らったかもしれません。
 オリンピックまで2年しかないなか、ジャンプを教えてもらおうと思って
 はるばるやって来たのに、基礎的な指導が始まったわけですからね。

 それでも、ユヅルにはそれが必要でした。
 というのも、彼はスケーティングが未熟で、それが体力のロスにつながって
 いたからです。
 ユヅルはひとつのジャンプが終わると、蹴って蹴って、漕いで漕いで、
 次のジャンプをしていました。動きがぎこちないために、バランスが崩れ、その分
 ジャンプやスピンに移る際に、余分な力が加わってしまっていたんです。

 ただ、基礎トレーニングの重要性を伝えると、
 「僕はこの反復練習をします。時間をかけて取り組みます」とすぐに納得してくれた。
 そういう素直なところも、ユヅルの美徳ですね。

 我々のもとで卓抜したスケーティングを身につけた後は、スイスイと移動し、
 スムーズにジャンプできるようになりました。
 喘息持ちで、スタミナに課題があったユヅルはこうして、ムダな筋力トレーニングや
 有酸素運動をすることなく、プログラムをやり通せるようになったのです。

 少年が大人になった

 そして、技術力が上がったことは、精神面での成長にもつながりました。

 よくメンタル面を鍛えることが、トップスケーターをさらに上のレベルへ導く、
 と主張する人がいます。しかし私は、そうは思いません。
 技術的なトレーニングこそが、選手の精神力を強くする。それが我々チームの
 共通認識です。

 スケートが上手くなっていると自覚できれば、選手は自信をつける。
 その証拠に、我々のもとで徹底的に基礎トレーニングを積んだユヅルは、
 「普段通りにやれば必ず勝てる」と思えるようになりました。

 精神面での成長といえば、チームメイトのハビエルの存在も大きかったかも
 しれません。

 ハビエルは'13年と'14年の世界選手権で3位に入ったトップ選手ですが、
 ユヅルとは正反対の性格です。

 ユヅルはすべてに全力を尽くすタイプ。
 納得のいくまで練習をし続け、さほど重要ではない大会でも、すべて勝ちにいく。
 これは非常に日本人的な精神で、みなさんがユヅルを応援したくなる理由の一つ
 だと思いますが、ときには力を抜くこともプロの世界では必要です。

 その点、ハビエルは才能豊かですが、スペイン人らしく非常にマイペース。
 気分が乗らなければほとんど練習しませんし、転んでもさほど気にしません。

 そんなハビエルと共に練習することで、ユヅルの心にゆとりが生まれました。
 タイプのまったく違うライバルが同じチームにいることで、良い方向に化学反応が
 起きたんです。

 元々あった才能に、私のもとで技術と精神力が加わった。
 そうしてユヅルは、今年2月のソチオリンピックで、金メダルを獲得できたのです。

 ユヅルはオリンピック・チャンピオンになったことで、さらに成長したと思います。

 彼はいまや、世界のフィギュアスケート界を牽引していく存在になった。
 ユヅル自身にも、その自覚があります。だからこそ11月のNHK杯にも、出場を
 決意しました。

 NHK杯は、直前の中国大会で怪我を負い、コンディションが整わない中での出場でした。
 トレーニングはしていましたが、「勝つため」ではなく、「回復させる」ためのもので
 しかありませんでした。

 私は「NHK杯には出なくてもいい」と主張しましたが、彼は「絶対に出る」と譲らなかった。
 その決意を、私には止めることはできなかった。
 オリンピック・チャンピオンとしてのプライド、より進化したいという情熱があったのでしょう。
 17歳だった少年は20歳になり、たくましい男性に成長したのです。

 ですから、4位という結果は、悲観すべきものではありませんし、12日から始まる
 グランプリ・ファイナルでは、みなさんが期待しているとおりの演技をできるはずです。
 怪我は癒えましたし、現在、トレーニング・スケジュールもきっちりこなして
 いますからね。

 目標は2個めの金メダル

 ただ、グランプリ・ファイナルはあくまで通過点であることも、みなさんには
 理解しておいてほしい。私たちが見据えているのはあくまで、4年後、
 平昌オリンピックでの金メダルです。ユヅルも私に、「2つ目の金メダルを獲りたい」
 とはっきりと口にしました。だからたとえグランプリ・ファイナルで期待されたような
 結果が出なかったとしても、それはユヅルの進化の過程と捉えてほしい。
 今後、様々なことを試しながら、4年後にガッツポーズができるよう、
 トレーニングを続けていきますよ。

 もちろん、まだまだ課題はあります。そのひとつはスタミナ面の向上です。
 ソチのときは時間がなく、基礎体力を上げるトレーニングができませんでしたが、
 平昌までは余裕がある。すでにユヅル用の特別プログラムを組み、過酷な
 トレーニングに取り組んでもらっています。

 大人になってきたことに伴う、肉体的な変化にも注意が必要でしょう。
 彼は細く強いパーフェクトな身体を持っていますが、そこに筋肉がついてくると、
 バランスの取り方が変わってくる。さほど難しくはありませんが、変化の過程で
 ユヅルが戸惑わないよう、サポートしていくつもりです。

 また、彼は「ノー」と言うことも覚えないといけませんね。
 ソチの金メダルの後、多くの人がユヅルと関わりあいを持とうとし、優しい彼は
 そのすべてに対応しようとした。ときにそれは、トレーニングに支障をきたすほどでした。
 平昌オリンピックで勝ちたいのなら、ときには「ノー」と言って、自分の時間を
 大切にしなければなりません。

 英語ももっと上達してほしい。
 彼は「Yeah」(同意を意味する返事)が口癖なんですが、これを言うときはだいたい
 理解できていないときです。
 「Yeah」と言ったときは、いつも説明する前と同じミスをしていますからね。
 だから最近は、ユヅルが「Yeah」と言ったら、「こっちにこい。話し合おう」と
 言うようにしています(笑)。
 そのかいあってか、ユヅルの英語力は日に日に上達していますね。

 課題はありますが、ユヅルの今後に心配はしていません。
 オリンピック・チャンピオンになると、モチベーションを失ってしまう選手も
 多いですが、彼はまったくそうではありませんから。
 バンクーバーで金メダルを獲った後のキム・ヨナは、明らかに義務的に滑って
 いました。スケートを楽しんでいる様子は、まったくありませんでした。
 一方、羽生はまだまだスケートへの情熱があり、向上心があり、謙虚です。
 NHK杯後の、「悔しい」というコメント。あれこそが、ユヅルの人間性を象徴している。

 ユヅルにはスターであることを楽しんでもらいたい。
 そして、再び金メダルを獲ってほしい。ユヅルならそれができますし、私は
 そのための手助けを全身全霊でやっていきますよ。

「週刊現代」2014年12月20日号より
 スポーツプレミアより。

 

 こうゆう記事をたくさん読みたいです。

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 羽生、全日本V3へ「大人の選択」後半4回転封印!/フィギュア(1/3ページ)

 フィギュアスケートのグランプリ(GP)ファイナル(バルセロナ)で日本男子
 初の連覇を飾った、ソチ五輪金メダルの羽生結弦(20)=ANA=が16日、
 全日空機で成田空港に帰国した。GPシリーズ第3戦中国杯で負傷した体の状態を
 考慮し、来年3月の世界選手権(上海)代表選考会を兼ねた、26日開幕の
 全日本選手権(長野)は演技構成を変えない意向。
 今月7日に20歳を迎え、「大人の選択」をした。

 即席の“花道”が用意された。成田空港に駆けつけたファンは約100人。
 混乱を避けようと到着ロビーから会見場まで導線が設けられる徹底ぶり。
 物々しい雰囲気が漂うなか、羽生は長旅を感じさせない笑顔を周囲に振りまいた。

 「ちょっとびっくりしている。時差ぼけもあるけど、五輪で勝って帰ってきたような感じ」

 わずか1カ月で劇的な復活を遂げた。GPシリーズの合計ポイント6位で進出した
 ファイナルは、今季世界最高の合計288・16点をたたき出す圧勝だった。

 V3を狙う全日本選手権まで残された時間はわずかだ。ファイナルで頂点に立ち、
 肉体は限界を迎えた。今季の演技構成は当初、ショートプログラム(SP)、
 フリーともにジャンプの基礎点が1・1倍になる後半に4回転を跳ぶ計画だった。
 だが、中国杯フリー直前の6分間練習で他選手と衝突するアクシデントがあり、
 実現はしていない。
 (続きはこちらです)

 

 

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 「五輪で勝ったみたい」 フィギュア羽生が帰国

 

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 ゆづ&むら
 Grand Prix Finale 2014/15 Barcelona

  

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 生結弦選手2014グランプリ・ファイナルFS(B・ユーロ解説翻訳)
 (ポプラさんからの動画です。)Poplar359
 6分練習から、演技、そしてインタビューまでを翻訳しました。
 なんでも早めに視聴されることをお薦めしますとの事でした。 

 

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 Yuzuru Hanyu - 羽生結弦 - 2014 GPF SP & FS + Prologue
 Saizo Kさんからの動画です。

 

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