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「でにをは」別口入力・三属性の変換による日本語入力 - ペンタクラスタキーボードのコンセプト解説

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きよしこの夜 うまし国 けだし名言…一見連体形にもみえるが

2018-05-10 | にほんごトピック
先記事で検討していた別口入力「Ø文字マーカー」の解説中で動詞や形容詞の装定について触れましたが、
いくつかの古語においては活用形が連体形なのかはっきりしないものがあったりそもそも品詞がどうも違うらしそうなものもあったりしたので
それらについて例を挙げつつ文法的解釈のもとに深掘りしていきたいと思います。

一つ目は「きよしこの夜」です。「きよし」は漢字で書くと文語形容詞「聖い」の変化形となっています。
これは「きよし」が「この夜」を修飾しているように誤解されている方も多いのではないかと思いますが修飾というなら連体形「き」の「きよきこの夜」が正しい表現ということになってしまうのでこの句は修飾構造ではありません。
解釈としてはこれは倒置法の句です。「きよし(本当に聖いです)。」でいったん一区切りして、で「この夜(は)」と主語を後にもってきます。なのでこの「きよし」は終止形です。
200年前にオーストリアの小さな教会で生まれたこの曲はその後米歌手ビング・クロスビー(Bing Crosby)によって歌唱され大ヒットし、その後もさまざまな歌手によってカバーされており、2011年にはユネスコの世界無形文化遺産に登録されています。


そして二つ目の「うまし国」ですが、 「うまし」は漢字で書くと旨し/甘し/美しなどの字があてられ、形容詞ク活用のものと形容詞シク活用のものと2種類の別の用法があります。
ク活用はおいしい、味が良い、具合がよい、都合がよい などの意味で、
シク活用は素晴らしい、立派だ といった意味のときはこちらを使います。
「うまし国」という場合のうましではシク活用の方の用法で、これは上代(飛鳥時代や奈良時代)の古い言い方のほうになりますが、のちの鎌倉時代には「うましき」の用法が一般的になっていきました。
上代日本語の表現にはまだ未分化なところもあって、語幹は終止形と同じ形の「うまし+体言」の形で直接体言を修飾する数少ない用例でこのころからシク活用は使われていたのだということがうかがい知ることができる証拠でもあります。

この言葉が使われた有名な長歌が万葉集におさめられています。第34代舒明天皇が詠んだ日本の古式ゆかしくも大変おめでたい「国見の歌」です。
国見とは望国(くにみ)とも書き、国を統べるものが高いところに登って国土や民衆の様子を眺め見て国土の豊穣や民衆の満ち足りるさまを願い祝す政治的・宗教的儀礼の事です。
せっかくなので原文をあげて解説をしてみますと

天皇の香具山にのぼって望国(くにみ)したまふ時の御製歌

大和(やまと)には 群山(むらやま)あれど とりよろふ 天(あま)の香具山(かぐやま) 登り立ち 国見(くにみ)をすれば
国原(くにはら)は 煙(けぶり)立ち立つ 海原(うなはら)は 鷗(かまめ)立ち立つ うまし国ぞ 蜻蛉島(あきづしま)大和の国は

(口語訳)大和にはいくつもの山々があるが、とりわけ際立った天の香具山に登り立って国見をしてみれば、
国原にはかまどの煙があちこちから賑やかに煙が立ちのぼり、海原からはカモメが盛んに飛び交っている。
何と素晴らしい国であることか この蜻蛉島(あきづしま)大和の国は。

…日本はトンボの島だったのですね。蜻蛉(あきづ)とはトンボの事で水辺の害虫を沢山食べてくれるので稲作には欠かせない益虫となり、これがもとで五穀豊穣のシンボルとなっている、との事。
この句で詠まれている天の香具山は現在の奈良県にあるのですが奈良県には当然海がありませんのでカモメを見ることもありません。いったいどういうことでしょうか?
これは国見の儀式にあたって海もあれば山もある日本国全体の様子にまで大らかにイメージを膨らましていって地方としての大和の国だけにとどまらない全体を表しているのだと一説には言われているのだそうです。
スケールの大きさとともに豊穣なる色彩感や誇らしげな賛美を感じる美しい歌だと思います。


そして三つ目の「けだし名言」などに使われる「けだし」ですが漢字で書くと蓋然性などの「蓋し」と書き、「まさしく」「たしかに」「思うに」という<物事を確信をもって推定するニュアンス>の意味をもった言葉です。
品詞としては副詞で、「けだしく(も)」からきており確信の推量のほかに疑いをもっての推量(万が一、ひょっとして)の用法もあります。
その他法曹界の古い業界用語では「蓋し」が「なぜならば」の意味で使われている例も一部にはありますがあまり一般的ではなく混乱を招くので頭の片隅に程度だと思われます。
「けだし名言」で使われているのは確信的推量で「読めば読むほど味わうほどに名言」といったニュアンスも入っているかと思います。連体修飾ではないのですね。


…以上、一見すると連体修飾にもみえるこれら「し」のつく言葉ですが、機能的に連体修飾の用をなしているのは「うまし国」の「うまし」だけであとは終止形であったり副詞であったりさまざまでした。
別口入力「Ø文字マーカー」で仮に適用するとなれば「うまし」の装定だけだとは思いますがなにしろこれは特殊例ですので同列にマーカーできるのかどうかは今一度吟味が必要です。
古語形容詞の活用バリエーションとして変化形生成をコンピュータが担うのではなく、文法背景を把握せずに装定枕詞的に機械的に覚えさせるのであればこの「うまし」も網羅性の一環として記憶させるのもアリかもしれません。
古語文語の細かなところまでどこまでIMEがカバーすべきなのかは実際の動作負荷・辞書負荷との兼ね合いで対応範囲は未知数ではありますがよく使われて現代の文章にも混じって使われる頻度のものであれば柔軟に対応していくことができれば良いなと思います。

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