これは したり ~笹木 砂希~

ユニークであることが、ワタシのステイタス

第二ボタン

2008年05月22日 21時20分46秒 | エッセイ
 卒業式の記念に、好きな男の子から制服の第二ボタンをもらう習慣は、いまだに健在のようだ。抜け目のない女子は意中の男子にボタンを予約し、予約が殺到する男子は第三、第四ボタンだけでなく、すべてのボタンをもぎ取られることになり、満足そうな顔をする。
私も中学生のときは、第二ボタンをもらいたい相手がいた。高瀬というサッカー部の男子で、目がパッチリとしていてかっこいいからもてるのだが、決してデレデレしない硬派なところが好きだった。
 彼女がいないみたいだし、せめて第三、第四ボタンでもいいから欲しいなあ。
そう思ったものの、平凡な私とイケメンの高瀬とでは、どう考えても無理がある。
今、髪がボサボサだから、余計いけないんだよね……。
 ちょっとはマシになろうと思い、卒業式の前に美容院でカットすることにした。
「ちょうど新しい美容院ができたんだよ。近いから行ってごらん」
 当時、わが家の周りには美容院がなく、髪を切るときにはわざわざ自転車で出かけるくらいだったから、歩いてすぐの場所に可愛らしい美容院ができたことはありがたかった。
 小さな白い店舗には木製の洒落たドアがついていて、お菓子の家を連想させた。
が、ワクワクしてドアを開けると、期待は見事に裏切られた。お菓子の家どころか、中学生の目にも平均以下の設備しかない店だとわかったからだ。狭い店内に椅子はたった2つしかなく、パーマ用のお釜は1つだけだ。入ったことを後悔させるに十分な光景だった。
「あ、いらっしゃいませえ~」
 小太りの主婦にしか見えない中年の美容師は、暇を持て余していたようで、私を見つけるとすばやく近づいてきた。だめだ、もう逃げられない。もしかして、客がいない分丁寧に切ってくれるかもしれない……と私は覚悟を決めた。
「2センチくらい切ってください」
 横の長さは耳が隠れるくらい、後ろは襟に届くくらいのショートヘアだった。丸顔なので、短くまとめたほうがさっぱりして見える。髪型は変えずに、全体的に2センチ短くなるスタイルを期待していた。
 ところが、美容師の手つきが妙にゆっくりで怪しい。不慣れで迷うような切り方だった。カットが終わるまで、私はハラハラしながら鏡の中の自分を見守った。
「乾かしますから、熱かったら言って下さい」
 彼女が手にしているものは、見たこともない、掃除機の蛇腹がついたドライヤーだった。
 頭を掃除されているような奇妙な感覚で過ごした10分後、原型とは似ても似つかない、とてつもなく奇妙な髪形が姿を現した。ありえない、と叫びたくなるほど前髪がひどかった。中央は短く眉毛が見えているのに、端に行くにつれ急激に長くなっている。まるで、半円をくり抜いた黒い紙を貼り付けたようだった。
 本当に美容師免許、持ってるの?
 私は取り返しのつかない現実に、ただ呆然とするだけだった。 
 髪型のよしあしは前髪で決まるという。ひどく落ち込んだ私は、高瀬に第二ボタンをもらうどころではなかった。なるべく下を向いて、このみっともない姿が級友の記憶に上書き保存されぬよう卒業式を終えた。
 それから半年後、高瀬の通う高校の文化祭に行ったら、ブクブクと太って別人のようになってしまった彼がいた。
 とたんに、第二ボタンをもらえなかったことは、どうでもよくなった。



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コメント (4)
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