これは したり ~笹木 砂希~

ユニークであることが、ワタシのステイタス

洒落にならない探し物(1)

2008年05月28日 21時02分12秒 | エッセイ
 夫はきれい好きで片付け魔なのだが、収納場所を忘れるという困った習性がある。
 翌日、私が仕事に持っていくものを、忘れないように玄関に準備したとしよう。彼の目には出しっぱなしと映るようで、いざ出かけるときには、きれいさっぱりなくなっている。どこへやったのかと聞けば、「おぼえていない」と答える始末。彼は片付けには向いていない。
 まだ娘が5歳だったころ、家族旅行でオーストラリアに行ったことがある。前日になって荷造りをしようとしたら、夫が必死で何かを探し始めた。
「スーツケースの鍵がない……」
 これには私も驚いた。子供が生まれて以来、しばらく海外には行っていなかったから、どこにしまったかなどおぼえているはずがない。スーツケースとセットにしておかないから、いざというとき困るのだ。
「やっぱりないな。隣から借りてくるよ」
 隣の家には、夫の弟が家族で住んでいる。義弟が快くスーツケースを貸してくれたので、どうにか出かけることができたが、夫は自己嫌悪に陥ったようだ。
 鍵のかからないスーツケースなんて、持っている価値がない。帰国してからも、夫は心当たりを探し続けたが、一向に見つかる気配がなかった。
 翌年、またオーストラリアに行きたくなった。
「新しいスーツケースを注文してきたよ。来週届くってさ」
 旅行までにはまだ余裕があったが、夫は早々に、古いスーツケースに見切りをつけた。あとは粗大ゴミに出すだけだ。
 そろそろ、冬が近づく季節だった。私は屋根裏の収納庫にひざ掛けがあったことを思い出し、クリーニングに出しておこうと考えた。透き通った収納ケースからひざ掛けを取り出すと、皮製の小銭入れが下から姿をあらわした。
 妙な胸騒ぎがした。開けてみろ、と言っているような気がする。
 ファスナーを開くと、外国の硬貨が出てきた。ペニヒだ。そういえば、夫婦二人で最後に旅行したのはドイツだったっけ。
 そして硬貨とともに、あれほど探しても見つからなかった鍵が出てきたのだ!
「何で、新しいのを買った途端に見つかるんだよ~」
 注文した2日後、まだ新品が届く前である。夫がクサるのも無理はないが、もともと世の中は不条理なものだ。新しいスーツケースを買ったからこそ、鍵が見つかったのだと思ったほうがいい。
 夫が旅行に使ったのは古い方だった。
 新しい方は屋根裏でビニールをかぶったまま、もう一度、鍵がなくなるときを待っている。



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コメント (6)
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