十勝の活性化を考える会

     
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 “アイヌ宣言”

2020-11-30 05:00:00 | 投稿

 

結城庄司著 アイヌ宣言の紹介。この本は、アイヌ民族の復権などについて書かれているが、あとがきの一部分だけを載せよう。

 

『(前略)現在、さまざまな形で「アイヌ復権」活動の様子が新聞や雑誌に報道されている。これからもアイヌ文化活動をはじめとするアイヌ解放運動が、アイヌウタリに深く根ざして行っても衰えることはない。

ましてや貧乏問題としてかたづけられない次元で論じられている。そのような窮状を高倉(*)は過去の研究調査では展望でき得なかった。(*高倉新一郎のこと)

 

一つの「民族」という伝統的、文化的、精神的集団が、世界の人類社会から消滅することはない。中国を観てもそうであるし、世界の少数民族の歴史がそうであるように、高倉のように簡単な結論を出すとするならば、それはデッチあげである。

 

高倉もやはり内なるアイヌモシリに到達することのでき得なかったアイヌ研究者の一人であったし、単なる御用学者に過ぎなかった。

(一)、経済的には一種の無能力者として保護する。

(二)、経済的に社会的に全くその固有の勢力を奪われたアイヌ。

(三)、アイヌを平和に、完全に同胞として吸収する。

 

以上、この三本の柱が高倉新一郎の「アイヌ研究」の本音であった。そしてアイヌを

未開人、土人、旧土人、無能力者、貧乏、同化融和と、あらん限りにみくびるなかで罵倒するのである。

 

さて、(一)の「経済的に一種の無能力者」だというのだから、ずいぶんとふざけたことを断言するものである。原因(侵略)があって結果(服従)があるとするならば、無能力者に仕立てた仕掛人はどこのどいつなのか。

 

経済的にというならば、アイヌ民族の経済は自然資源が全てである。アイヌモシリの自然資源を略奪して肥え太ったのは誰なのか。他でもない大和民族の日本国家ではないのか。高倉の親たちも侵略者であり、肥え太ったシャモである。その子、新一郎は何を言うのであるのか。

 

アイヌ民族から全ての生産手段を奪っておきながらよくもぬけぬけと無能力者よばわりができるものである。素朴に考えてもわかることではないか。例えば、北海道の河川にもどって来る「鮭」全部はアイヌ民族の既得権に属するものである。

 

原生林もそうである、と単純に考えてもそれらの漁業権、伐採権を略奪せずに正当な交易として現在まで、アイヌモシリが維持してきたならば、アイヌは果たして無能力者だったであろうか。(後略)』

 

この文章を読んで、次のように思った。同化政策や強制移住などを強いられたアイヌの歴史が高倉の主張のようであれば、事情は異なるが韓国の慰安婦、強制労働問題も両国政府で解決済みであることへの認識に、相異があるのと同様なのかもしれない。ただし、アイヌ協会では、過去に政府がアイヌ民族から奪った鮭の漁業権や伐採権に係る損害賠償の請求をしていない。

 

日本政府では今年4月、アイヌ民族を日本の先住民族と認めて、「アイヌ文化施策振興法」を作ると共に、国立共生象徴空間“ウポポイ”などを作ることにしたのかも知れない。なお、アイヌ遺骨返還問題(後段、注)は政府方針が決定し、各地で返還が始まっている。

アイヌの強制移住のことも本に書いているが、その具体例として、「新冠御料牧場」については次のとおりである。

①明治5年(1872)、アイヌが住んでいた北海道日高地方南部の約7百平方kmが日本政府(北海道開拓使)により「新冠牧馬場」とされた。これは「東京23区全体の621平方km」より広い面積である。明治21年(1888)「新冠御料牧場」と改称。(宮内庁所属牧場、皇室財産)

 

②ここは、古くからアイヌコタンが存在していた地域であり、11個のアイヌコタンがあり、535人のアイヌが住んでいた。(明治6年「地誌提要 浦川支庁原稿 上」)

それをアイヌには何の協議もないまま牧場用地に、そのまま編入されたということである。そして明治10年(1877)、牧場内のアイヌの土地は国有地とされ、自由売買は禁止。

最終的には、大正5年(1916)、姉去(あねさる)コタン74戸の平取村上貫気別への強制移住をもって、この地域のアイヌコタン全てが、「地区外への転居」を強制移住されたことになり、この地域のアイヌ社会はほぼ崩壊。

 

この地区のアイヌに限らないが、明治初頭までのアイヌの生業は、主に漁場での労働、自営でのサケ漁と販売などで収益を得る一方、冬場はクマ、シカ、キツネ、ウサギなどの毛皮猟を生活の糧にしていた。ところが、明治中期に入ると漁場労働から排除、サケ漁も禁止されるなど主要な生業の道を断たれ、居宅周辺の粟、稗栽培だけでは十分でなく、生活は非常な困難に遭遇。

 

アイヌに対して勧農政策がとられ、御料牧場でも明治28年(1897年)にアイヌ1戸に就き2町歩(約2ha)の土地をあてがわれた。

土地の貸付を受けた下姉去地区は、まだ森林で日中も暗くて歩けない程の所であったが、姉去コタンから12km以上離れている御料農園の労働を行った。

明治34年(1901)8月22日、閑院宮載仁親王が牧場に来場し、視察を行った。

その際に、白髪のアイヌエカシ(古老)が進み出て「この地方は我ら祖先の開墾せしものなるをお取上げとなり、為に我らは今日難渋を極めいるを以って、何とぞ返還あらんことを請う。」と明晰に陳情。

しかし、この件は、浦河支庁長により「当該エカシの失言」として処理された。この件の他にも、「大正5年の上貫気別への強制移住」後の大正14年(1925)2月26日、アイヌ49人の連名で、帰還請願書が新冠村長あてに提出。

大正3年(1914)、牧場長からアイヌに対して貸付地である姉去コタン及び耕作地 の返還命令が出される。

移住先は、姉去コタンから50km離れた山中の「上貫気別」(現在の平取町 貫気別 旭地区)」とされた。

姉去コタンが所在する新冠などの日高地方の太平洋岸の地域は、道内では温暖な地域であるが、「上貫気別」は内陸であり、日本百名山のひとつである幌尻岳のすそ野に位置し春の融雪は遅く、秋の降霜が早いなど温暖ではなく過酷な入植地である。

最終的に姉去コタンのアイヌ約70戸300人の移転が完了したのは、大正5年(1916年)3月であった。つまり、姉去コタンという集落は崩壊した。

昭和20年(1945)の敗戦により、皇室財産であった御料牧場は財産凍結され、一般の日本人やアイヌから牧場開放の声が挙がり開放運動は終息。

「十勝の活性化を考える会」会長

注) アイヌ遺骨の返還について

アイヌの人々は、日本列島北部周辺、とりわけ北海道に先住し、独自の言語、宗教や文化の独自性を有する先住民族です。

政府では、衆参両院による「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議」(平成20年6月6日)及び「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会」の報告書(平成21年7月29日アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会決定)等を踏まえ、内閣官房長官が座長を務めるアイヌ政策推進会議の下に、アイヌの人々の意見等を聴いて、アイヌ政策の推進を図っているところです。

その中で、過去に発掘・収集され、現在大学が保管するアイヌの人々の遺骨及びその副葬品の中には、アイヌの人々の意にかかわらず収集されたものも含まれていると見られていることから、アイヌの精神文化の尊重という観点から、遺族等への返還が可能なものについては、返還するとともに、遺族等への返還の目途が立たないものについては、国が主導して、アイヌの人々の心のよりどころとなる象徴空間に集約し、尊厳ある慰霊が可能となるよう配慮することとしています。

この方針を踏まえ、文部科学省は遺骨の返還手続きに関するガイドライン等を踏まえ、出土地域が特定された遺骨の返還申請を受けつけるとともに、大学の取組について情報を公開しています。

(出典:文部科学省ホームページより)

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顧客満足

2020-11-29 05:00:00 | 投稿

 

顧客満足とは、消費者が物品を購入する時に感じる何らかの満足感のことである。この顧客満足であるが、コロナ禍でモノに対する価値観も変わったので顧客満足も変わると思われる。

 

先日、息子家族が札幌から来たので、魚屋U店で刺身の盛り合わせを、消費税込みの5千円で購入した。息子家族などが来たときには、顧客満足があるのでいつも購入する。

50年前、魚屋豆腐屋肉屋などがたくさん近所にあったが、現在ではほとんど無くなった。無くなった理由は、スーパーに行けば1カ所で色々な物を購入でき、大変便利であるからだ。

 

しかし、今のスーパーは対面販売ではないので、充分な顧客満足度を得られるかといえばそうでもない。物品を購入する際、需要と供給によって価格は決定されるが、安いから売れるというものではない。

ヤスモノ買いの銭失いということもあるので注意しよう。なお、魚屋U店は安くて美味しくて有名であるが、その理由は、顧客満足度が高いからだと思う。

 

先日、帯広駅の二階にある土産店で、帯広名物豚丼のたれの価格を見ると、消費税込みで216円と書かれていた。インバウンドや日本人観光客向けのお店なので、価格は計算しやすい分かり易いものにすべきだと思う。

 

例えば、観光客などに対して買いやすくするために、5個買うと税込みで1,000円にすればもっと売れて帯広名物豚丼のたれになると思う。商売では、商品競争力、情報、人情が重要である。即ち、消費者に対して如何にお買い得感を持たせるかがポイントである。

 

中国旅行した時、売り手が5個で1,000円(シェンエン!シェンエン!)と言うので衝動買いしてしまったが、買物にはそういうこともあると思う。ただし、帰国してから分かったのだが、その商品はニセ物品で御買いどく感が無かった。

 

十勝には、東京都内の2店舗を含む8店舗のパン屋を営む「ますやパン」というものがある。地産地消にこだわり、輸入小麦ではなく十勝産小麦を100%使い、餡ドーナツやピーナツパンのピーナツも、十勝産の餡やピーナツを使っている。

 

企業存続は30年といわれるが、ますやパンでは常に、新しいパン作りにも挑戦しているので、それが創業70年の理由だろう。新型コロナ禍の影響で、どこのまちでも買い物客が少なくなっているので、「ますやパン」をはじめ多くの企業が生き残ってほしいと願っている。

「十勝の活性化を考える会」会長

 

注) 顧客満足

顧客満足(customer satisfaction, CS)または顧客満足度とは、人が物品を購入するとき、その物品に感じる何らかの満足感のことである。顧客は顧客満足を感じたときに物品を購入するとの考え方で、企業においては、その度合いを定期的に評価し、次期商品開発に結びつけたりする時に使うことがある。

 

米国において、1980年代から言われ始めた概念。従来は生産者主導であった商品方向性などを、消費者顧客)の要望嗜好を中心に据えた方が良いのではないかという考えが背景にある。

生産性効率を多少犠牲にしてでも顧客満足度を高めた方が、消費者のリピーター化などを通じて結果的には良いと言われている。

(出典:『ウィキペディア(Wikipedia)』より抜粋)

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ジェンダー炎上

2020-11-28 05:00:00 | 投稿

 

先日、NHKラジオ「マイあさ」で、ジャーナリスト 治部れんげ氏がジェンダー炎上についての話をしていた。ジェンダー炎上とは、CMや広告におけるジェンダー表現によって炎上することをいうそうだ。

 

1986年に「亭主元気で留守がいい」という言葉が流行語のひとつになったが、これなどは性的差別の最たるもので、現代でこの言葉を使えば、亭主が炎上するだろう。

なお、この「亭主元気で留守がいい」という言葉は、約7割の女性がそのように思うらしい。その原因はどこにあるのだろうか。夫も一生懸命に頑張り、疲れているのにと思う。私は45歳まで空手をしていて気性が荒く単純なのだが、男女それぞれに適した役割分担があると思っている。

 

先日、北海道新聞「今日の話題」欄に、性的少数者である同性愛者への差別のことが書かれていた。差別とは、人に“差”をつけ、自分とは“別”のグループとして一種の排除をすることだと思う。

 

人間には能力や外見などの合理的、あるいは非合理的な違い(差)があることは否めない。 ただ大切なことは、その事実を認めたうえでその差によって人を差別しないことである。

私は11月20日付けのブログ投稿文で草食系男子のことを書いたが、いつも気になっていることがある。それは、ブロブに書いた「性的少数者(LGBT)」 のことである。

ベトナム戦争でアメリカ軍が枯葉剤を使い、双子の奇形児であるベト、ドクちゃん兄弟が生まれている。最近、LGBTが多くなっているのは何の根拠もないが、これらの農薬、食品に含まれる防腐剤、自然環境、社会変化にも関係しているのではないかと勝手に思っている。

 

昔の共同体社会には、農薬や防腐剤、環境破壊が無い共生社会だったので、LGBTの人は少なかったのではないだろうか。だからLGBTは、個人の自由を尊重すべきだとは思いつつも、文明病のひとつだと思っているのだが・・・。

「十勝の活性化を考える会」会長

 

    

注) LGBT

セクシュアリティにおいて、身体の性と心の性が一致し、異性を恋愛対象とする人たちが多数者です。

しかし、同性を好きになる人、同性も異性も好きになる人、いずれも好きにならない人、また、身体の性と心の性が一致していないような感覚や違和感を抱きなが ら日々の生活を送っている人もいます。 そのような人たちは、少数者ということでセクシュアルマイノリティ(性的少数者)とされ、セクシュアルマイノリティの代表的な呼び方として、LGBT LGBTQ といった 言葉があります。

 

LGBTQとは 、L・・・Lesbian(レズビアン)  同性を好きになる女性 である。

G・・・Gay(ゲイ)  同性を好きになる男性である。

B・・・Bisexual(バイセクシャル) 性別に関わらず、同性も 異性も好きになる人 である。  

T・・・Transgender(トランスジェンダー)  体の性と心の性が異なる人

Q・・・Questioning(クエスチョニング) 性的指向や性自認がはっきりしない、決めら れない、あるいは悩んでいる状況にある人である。

(参考:Yahoo検索より)

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自由が民主を喰う

2020-11-27 05:00:00 | 投稿

  

外務省出身 平松武著 「自由民主を喰う」(迷走するグローバルゼーションの深層)のはじめの部分に、次のことが書かれていた。

この世の中において、人の「自由」を尊重し確保し、実現することが最も重要な価値である。しかしながら、その「自由」はあらゆる人に平等に保証されなければならない。

他の人の「自由」を侵す「自由」はない。他の人の「自由」を犠牲にして自らの「自由」を実現することはすべきではない。自由主義経済が国境を越え、グローバルな自由を謳歌することは、人々に平等に「自由」をもたらしているであろうか。

 

マクロとしての経済成長が、ミクロで見たあらゆる人々の幸福につながっているだろうか。すべての人々の自由を守るための民主主義は機能しているだろうか。

 

「自由」の暴走の前に、「民主」がなすすべを失っている。それはあたかも、自律的に動く機械の部品が増殖し、いつの間にか主人たる人間がいなくなってしまったかのようだ。

着実に成長してきた自由主義世界は、これまでの「常識」や「正論」では解決できない未曽有の状況に遭遇している。それが現在の世界がおかれた状況なのではないだろうか。その中で、「民主」の必死の抵抗が始まっているのだ。

 

2020年、世界は新型コロナウイルス感染症の世界的流行に襲われた。グローバルに広がった「自由」がその猛威の中で翻弄され、改めて国家主権によるコントロールの必要性に我々は気づかされた。

 

これはウイルスとの闘いという「有事」であり、「平時」と区別する必要があるが、「自由」「民主」という価値とそれらの関係を見直す重要なタイミングに来ているといえる。

今回の新型コロナウイルスは中国で発生が確認され、それから世界に感染が拡大していった。「自由」や「民主」の価値を重んじない中国では、躊躇なく強権的な封鎖措置がとられ、伝えられている情報を信じるかぎりでは、感染拡大を早期に抑え込むことに成功した。

 

それに対して、欧米のリベラル民主主義の国々では、瞬く間に感染者数・死者数ともに中国を大きく超えていった。このような危機への対応においては、非民主的な人権抑制国家が優れているのではないかという戸惑いさえ感じる人もいる。

 

確かに、中国はリーマンショック後の対応でも、大規模な財政出動を迅速に決定し、その自国への影響を最小限に抑えることに成功した。

 

そして、今回のコロナウイルスへの対応である。リベラル民主主義の価値を必ずしも共有しない中国のような国が、極度の危機的な状況を巧みに乗り越え、経済成長や世界各国への影響力の面においても、目覚ましい台頭を見せている。

 

このような状況においても、私たちがこれまで本質的な価値として守ってきた「自由」と「民主」のあり方について、改めて考えてみることが、私たち一人ひとりの幸せを守っていくために大切でないかと思う。』と。

 

この本には、現在おかれている国際社会のことが分かり易く書かれていたが、コロナ禍の渦中にあって中国が、覇権主義のもとで国力が独壇場にあることに警鐘を鳴らしていた。

また、NHKラジオ「マイあさ」で日本の政治学者 川島真東京大学教授が、米中外交において、国益を考慮してまだら模様の外交になると語っていた。まだら模様の外交とは、関税や技術の移転などにより複雑な様相を呈してくるということらしい。

 

一方、先日に行われたアメリカ大統領選挙の投票率は、速報によると67%であった。日米の選挙制度は異なるが、日本の首相を選ぶことになる前回の衆議院選挙の投票率は54%であるから、この違いはどこから生じているのだろうか。

 

それは、日本人が「民主」というものを自分の手でつかんだものでないこと、戦後75年になり平和ボケになっていること、政治や選挙に無関心なこと、自己中心的なこと等、様々なことが考えられる。

 

確かに、我が国は憲法14条で自由や権利は保障されているが、憲法12条で公共の福祉のためにこの濫用を排除していることを忘れてはなるまい。一方、政治は国家の統治機能であるから、民意を反映する選挙に無関心であってはならず、政治家もその本旨を忘れてはならないと思う。

 

アメリカ大統領になったバイデン氏はツイッターで、次のように言っている。

「この偉大な国のリーダーとして私を選んでくださって、光栄です。これからの道は厳しいものになりますが、これは約束します。私はすべてのアメリカ人の大統領になります。私に投票したかどうかを問わず。私に託してくださった信頼に応えます」と。

 

日本の菅義偉首相のコメントとは随分と違うが、この違いは選挙の仕組みだろうか、あるいは宗教の違いだろうか・・・。

「十勝の活性化を考える会」会長

注) 憲法

   [憲法12]

この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

   

[憲法14]

    すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

華族その他の貴族の制度は、これを認めない。

栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴はない。栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。

(出典:yahoo検索)  

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