高島桟橋から船に乗って木更津に渡った耕一は、そこから内房線(当時の国鉄)に乗り変えて、半島南端の千倉(ちくら)へ向かった。
現在は南房総市となっている千倉だが、そこには半島随一の漁港があった。
その海岸は天然の岩礁を有しており、沖合に好漁場があったことから、古くから沿岸漁業の基地となっていたところである。
その千倉に、耕一の知り合いがいた。
戦時中、館山水産学校の生徒であった耕一は、船舶関連のエンジン製作工場に勤労奉仕にかり出されていた。その時、一緒に働いていた男が、漁船の機関士として千倉で働いていたのであった。
千倉は館山の隣町のようなものである。耕一にとって、そこは馴染みのあるところであった。
千倉の駅に、友人の秋夫が迎えに来ていた。
「やあ秋夫、久しぶりだな!」
改札口を出た耕一が、手を上げて秋夫に声をかけた。
だが、秋夫は目を丸くして耕一をみつめているだけだ。
「おい俺だよ、耕一だよ」
「お、おまえ、耕一か・・・」
「そうだよ、どうしたんだ。俺そんなに変わったか?」
「いやービックリしたぜ。おまえ、ずいぶんと偉くなっちまったようだな・・・」
「そんなことはないよ。ところでおまえハラへってないか? どっかでメシでも食おうぜ。久しぶりに千倉のアジが食いたくなったよ」
「ああ・・・、そうだな・・・・」
目の前の男が耕一だとは信じられないと云った顔で突っ立っている秋夫を誘って、晩飯にはまだ少し早い時間だったが、耕一は駅前食堂へ向かった。
三つ揃えのベストを着て、その上着を肩にかけ、革靴を履いて颯爽と歩く耕一のその姿に、秋夫は見惚れながら付いてきた。
続く・・・・・・。