クロの里山生活

愛犬クロの目を通して描く千葉の里山暮らしの日々

耕一物語ー千倉へ

2014-10-22 23:34:39 | 物語

高島桟橋から船に乗って木更津に渡った耕一は、そこから内房線(当時の国鉄)に乗り変えて、半島南端の千倉(ちくら)へ向かった。

現在は南房総市となっている千倉だが、そこには半島随一の漁港があった。

その海岸は天然の岩礁を有しており、沖合に好漁場があったことから、古くから沿岸漁業の基地となっていたところである。

その千倉に、耕一の知り合いがいた。

戦時中、館山水産学校の生徒であった耕一は、船舶関連のエンジン製作工場に勤労奉仕にかり出されていた。その時、一緒に働いていた男が、漁船の機関士として千倉で働いていたのであった。

千倉は館山の隣町のようなものである。耕一にとって、そこは馴染みのあるところであった。

 

 

千倉の駅に、友人の秋夫が迎えに来ていた。

「やあ秋夫、久しぶりだな!」

改札口を出た耕一が、手を上げて秋夫に声をかけた。

だが、秋夫は目を丸くして耕一をみつめているだけだ。

「おい俺だよ、耕一だよ」

「お、おまえ、耕一か・・・」

「そうだよ、どうしたんだ。俺そんなに変わったか?」

「いやービックリしたぜ。おまえ、ずいぶんと偉くなっちまったようだな・・・」

「そんなことはないよ。ところでおまえハラへってないか? どっかでメシでも食おうぜ。久しぶりに千倉のアジが食いたくなったよ」

 「ああ・・・、そうだな・・・・」

 

 

目の前の男が耕一だとは信じられないと云った顔で突っ立っている秋夫を誘って、晩飯にはまだ少し早い時間だったが、耕一は駅前食堂へ向かった。

三つ揃えのベストを着て、その上着を肩にかけ、革靴を履いて颯爽と歩く耕一のその姿に、秋夫は見惚れながら付いてきた。

 

続く・・・・・・。 

 

 

 

 

 

 

 

 

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耕一物語ー手提げカバン

2014-10-21 21:09:58 | 物語

(最近話題になっている「不思議な岬の物語」(吉永小百合主演映画)の舞台となった、岬のカフェは、この里山の近くにあります)

 

ところで、耕一が持つ手提げカバンの中には、かなりのカネが入っていた。

どうしてそんなカネが、彼にあったのだろうか。

闇船時代に稼いだカネは、その当座かなりあった。しかし数ヶ月の遊郭生活で、ほとんど使い果たしていた。

渋川組のチンピラ小僧時代に、大金(たいきん)を蓄えられるとはとても考えられない。

しかし、耕一自身が驚くほど、カネが貯まったのである。

それは、賭場の下足番に秘密がある。

下足番の役得として、上客からのチップがあった。

耕一は、下足番小僧として一生懸命働いたのである。

そんな耕一は、旦那衆から大変可愛がられた。

そして、バクチに勝って上機嫌になった旦那衆は、ビックリするほどのチップを耕一に渡した。

それに加えて、バクチに負けてカネがなくなった兄貴分達が、弟分の耕一に、こっそりとカネの工面(借金)を頼んだ。

「おい房州、少しカネを貸してくれ。このままじゃ帰れねぇ。もうひと勝負して負けを返さにゃ」

「へい、ようござんす。これを使って下さい」

耕一はそう云って、財布から札束を出し、兄貴分に渡した。

借金した兄貴分達は、十日後に一割の利子を付けて、きっちり耕一に返済した。

ヤクザの世界では、その返済率を「十一(といち)」と云った。

弟分から借金することは、兄貴分としてはとても気が引けることであった。ましてや、その借金が返せないなどということになったら、兄貴分としての面子が立たない。

だから、何とか遣り繰りし、耳を揃えて持ってきた。

従って、兄貴分達が借金を踏み倒すなどという心配は全くなかったのだった。

 

 

 

このようにして、耕一は、一年近くの下足番で、身分不相応の大金を手にすることができたのだった。

この時以降、この男の人生には金運が付いてまわることになる。

そして女運も・・・・・。

 

続く・・・・・・・。 

 

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耕一物語ー再び高島桟橋に立つ

2014-10-19 14:31:43 | 物語

春子のところで数日過ごした耕一は、思い出の高島桟橋に立っていた。

二年前、耕一は新しい世界を求めて、房総半島の岬の町を出て横浜へやって来た。

その時、この桟橋に降り立った。

そして、この桟橋から、未知の世界への小道を歩き始めたのだ。

その小道は、迷い道の連続だった。

だが耕一は、迷いながらも幸運な道を探り当て、迷路から抜け出す事が出来た。

その度に、救いの神のような人と巡り会うことが出来た。

女神様のような女性とも巡り会うことが出来た。

 

 

考えてみれば、不思議なことである。

生い立ちが不幸な境遇であり、苦難の連続ではあったとは云え、その岐路においては、不思議と彼を守ってくれる人が現れた。

そして、人生の荒波をしなやかに乗り越えてきた。

かなりラッキーな人生を歩んでいると云える。

この男には、幸運の女神様がついているのかも知れない。

その幸運体験から、耕一は一つの信念を抱くようになった。

《俺には強運がある。諦めずに前を向いて生きていれば、必ず護ってもらえる》

何に護ってもらえるのかは、耕一には分からなかったが、不思議な力が自分にはあるように感じた。

 

 

二年振りに立った高島桟橋には、春の風が吹いていた。

その春風に乗るように、カモメが軽やかに舞っている。

三つ揃えの高級スーツを着て、春子に絞めてもらったネクタイをした耕一は、内房最大の港町・木更津に向かう連絡船に、意気揚々と乗り込んだ。

船に乗り込む耕一の手には、大きく膨らんだ手提げカバンがあった。

カバンの中には、紙幣が一杯入っていたのだった。

そんな姿を見た船客達は、訝(いぶか)しげに耕一を見た。

《この若造はいったい何者なんだ・・・・・・》

耕一は、その時、まだ十九歳でしかなかった。

若造のくせに、大会社の社長のような格好をしているこの男は・・・・、いったい・・・・?。

 

 

続く・・・・・・・。

 

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耕一物語ー春子の膝枕

2014-10-18 13:39:08 | 物語

渋川組を出た耕一の足は、真金町の妓楼・菊へ向かった。

菊には春子がいる。

渋川組にいた頃も、春子のところへは時々通い、彼女を励まし続けていた。

 

 

耕一は、餞別に貰った三つ揃えの高級スーツを着て、春子の前に姿を現した。

「あらまあ・・・・・・・・」

春子はビックリして声も出ない。

目を丸くしている春子に、耕一が気恥ずかしそうに云った。

「おい春子、ネクタイの締め方を教えてくれよ」

それまで耕一は背広など着た事がなかったのだ。

「ネクタイはいいけど、あんたその背広はどうしたの?」

「親分から貰ったんだよ。餞別にな」

「餞別・・・・・?」

「ああ、餞別だ。俺は組を辞めたんだ」

「ど、どうして?」

「ワケは後でゆっくり話すよ。ハラがへったんだけど、何か食べるもんあるかい?」

「はいはい、急いで用意するわよ。さあさあ二階へ上がって」

 

 

 

 春子に用意してもらった夕食を食べながら、耕一はこれまでの経緯(いきさつ)を話した。

「そうだったの・・・。でも良かったわね耕一さん、代貸さんのお陰でカタギになれて。だって、ふつう、組を辞めるときは指を詰めるんでしょう?」

「ああ、まあな」

「それに、そんな立派な背広を餞別に貰って・・・・。ふつう、有り得ない話よ」

「そうだね」

「ところで、これからどうするの? 仕事のアテでもあるの?」

「今、考えているところだが、もう横浜にはおられんだろうから、取りあえず房総に帰ろうと思っているんだ」

食事を終えた耕一は、マッチを擦ってタバコに火をつけながら云った。

「房総へ帰って何をするの? しばらくここにいてもいいわよ」

春子が、耕一の身体に膝を寄せながら云った。

「千倉に船を持っている知り合いがいるんだ。あそこは結構大きな漁港だから、漁船の仕事ならいくらでもあると思うんだ」

耕一は、春子の膝を撫でながらそう云った。

「そうなの・・・・。じゃあ、これからはしばらく会えなくなるのね・・・」

「そうだな。でもたまには横浜の空気を吸いに来るぜ。房総の田舎街じゃ、刺激が少ないからな」

耕一が、春子の膝枕に頭を置きながらそう云うと、

「待っているわよ、耕一さん!」

と、春子が耕一の身体を抱きしめた。

 

 

 

 続く・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

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耕一物語ー餞別の品

2014-10-15 20:50:09 | 物語

耕一が、人前であのように泣くのは、おそらく初めてであったであろう。

渋川組から、足を洗わなければならないという無念さもあったが、何よりも代貸が本当の親のように自分のことを心配してくれていることに、耕一は感動したのであった。

感動の号泣であった。

《自分のことをこれほど心配し、また将来を期待してくれる人がいる・・・・・》

親のいない耕一にとって、これほど嬉しく有り難いことはなかった。

《この人の期待に応える生き方をするのが、俺の運命なのかもしれない・・・・》

その日の夜、耕一は布団に入ってから、自分の心を、そう整理した。

 

 

渋川組最後の日、耕一は、代貸のところへ挨拶に行った。

屋敷の奥座敷で、代貸と番頭が待っていた。

「代貸、今まで大変お世話になりました」

代貸の前に正座し、耕一は両手をついて頭を下げた。

その耕一の前に、横長の衣装箱を、番頭が持ってきて置いた。

「房州、ご苦労だったな。これはおまえへの餞別だ。持って行きな」

代貸が云った。

耕一がその衣装箱を見ると、白い箱のふたには「お誂え」と金文字が書かれていた。

それは、舶来物の高級仕立スーツを入れる衣装箱である。

耕一は、ビックリして代貸を見た。

チンピラクラスが着れるスーツではない。

「これは、親分からの餞別だ。有り難く頂戴しろ」

耕一の目をじっと見ながら代貸が云った。

 

 

耕一の目から、また涙がこぼれた。

「有難うございます。このご恩は一生忘れません」

耕一は、居ずまいを正して深々と頭を下げた。

 

 

 続く・・・・・。

 

 

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