クロの里山生活

愛犬クロの目を通して描く千葉の里山暮らしの日々

耕一物語ーいさり火

2014-11-04 21:18:49 | 物語

 

梅も寂しい思いをしていたのであろう。

女の24歳と云えば、その当時はもう嫁に行っている年頃である。

子供の一人や二人はいる年だ。

嫁の貰い手もなく、女中奉公をしなければならない自分の身を、夜な夜な思い悩んでいたのであろう。

そこへ、利発そうな可愛い男の子が現れた。

自分の弟のような、その少年の生い立ちを聞いて、梅は心から彼を不憫に思ったに違いない。

その子供が、厳しい養父に怒られて、夜中に寒い外へ放り出されてしまった。

「可哀想に・・・」と、梅は思った。

そして、思わず耕一を自分の部屋に引き入れ、そして一緒に寝ることになってしまったのだ。

耕一の冷えた身体を、自分の身体で温めているうちに、若い女の欲情が突然目を覚ましてしまった・・・・。

恵まれぬ人生を生き、寂しい思いをしている二人が、お互いの暗く深い心の闇を慰め合いながら、寒い月夜の晩に抱き合うことになってしまったのだ。

 

 

それはやはり、女神様の御計らいであったのかも知れない。

 

 

「機関長! 発電機がダウンしそうだぞ!」

いさり火を眺めながら、少年の日の月夜の思い出に耽っていた耕一は、漁師の叫び声で我に返った。

集魚灯に、電気を送り続けている発電機が、異常音を発していた。

腕時計を見ると、時計の針は夜中の12時を回っている。

20数本の集魚灯に、6時間以上も電気を送り続けている老朽化した発電機が、悲鳴を上げているのだ。

耕一は、こんな事もあろうかと思い、 あらかじめ整備していた予備発電機を稼動させた。

集魚灯の明かりが煌々と輝く中で、サバを釣り続ける房丸(ふさまる)の30人近い漁師は、握り飯をほうばりながら、釣竿を更に振り続けた。

この夜も、山本船頭の房丸は大漁であった。

 

明け方近くまでサバを釣り上げ続けた房丸は、昇る朝日を背に、大漁旗を翻して千倉漁港に向かった。

漁港で水揚げされたサバのほとんどは、仲買人の手配したトラックに積み込まれ、一路、東京の築地市場へと運ばれる。

魚を積んだ10台近くの小型トラック部隊は、房総半島の狭い砂利道を、砂塵を上げて突っ走った。

 

 

 

 

 続く・・・・・。

 

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耕一物語ー初めての女

2014-11-03 00:16:23 | 物語

冷えた耕一の身体を、ほてった梅の若い身体が優しく包んだ。

柔らかく温かい梅の胸のふくらみが、耕一の背中に押し付けられた。

そして、彼女の柔らかい両の手が、優しく耕一の胸を撫でた。

身体を固くしていた耕一は、思わず、「あぁ・・・・・」と声を上げそうになった。

こんな気持ちの良い経験は初めてだ。

女の人に抱かれると、こんなにも気持ちが良いものかと、耕一は思った。

その気持ち良さは、遠い遠い昔の、記憶の底にかすかに残っている感覚をよび覚ました。

それは、まだ物心つかない幼い頃に、優しく抱かれた、その感覚のようだった。

それはきっと、母の腕(かいな)と懐の温かさだったのだろう。

母の懐の温かさは、何物にも変え難い安心感を、子供に与えてくれるものだ。

 

 

その気持ち良さに、耕一が恍惚となり始めた時、胸を撫でていた梅の手が次第に下の方へ下りてきた。

腹から、そして・・・・・・・。

その後の事は、読者の皆さんのご想像にお任せするしかないが、いずれにしても、その後は成る様に成ったのである。

男と女の命の底にある、野生の本能とも云うべき、凄まじいエネルギーが、理性の壁を突き破って、二人の中に噴き出してきたのだ。

それはもう、どうにもならないことなのだ。

 

そして、その夜、耕一は男になってしまった。

図らずも、思いがけなく、なんと12歳にして、耕一は男になってしまった。

いや、梅によって、男にさせられてしまったというのが正確であろう。

男には、色々な男の成り様(よう)があるが、耕一のようなケースで、男に成るのは極めて稀である。

それに加えて、母の面影を探し求めていた少年が、母の愛の温もりを感じながら、その恍惚感の中で男になったという事を考え合わせると、その出来事は誠に不思議な事であった。

それは、悪魔の仕業か・・・、それとも女神の悪戯だったのか・・・・・・・。

 

 

 続く・・・・・。

 

 

 

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耕一物語ー月夜の思い出

2014-11-01 20:23:25 | 物語

真っ暗闇の海に、サバ漁船のいさり火が揺れている。

その幻想的な美しさに見惚れていた耕一は、突然、あの夜のことを思い出した。

あの日は、寒い冬の夜だった。

空に、きれいな月がかかっていた。

お寺に預けられていた耕一が、館山にあった工場社長の家に養子に行って間もない夜のことである。

当時12歳だった耕一は、養父にこっぴどく叱られて、外に出された。

「おまえのような奴は勘当だ!」

養父はそう怒鳴って、耕一を家の外へ突き出し、玄関の鍵を締めた。

耕一の生意気な態度が、養父の癇に障ったのかも知れない。

外に放り出された耕一は、突然のことで、どうして良いか分からない。

しばらく玄関の前で中の様子を窺っていたが、家の中の電気が消されて真っ暗になった。

養父母はもう寝るつもりらしい。

 

 

耕一は、納屋へ行って寝ることにした。

納屋に藁(わら)が積んであったので、その中に入って寝ようと思った。

耕一が、藁を掻き分けていると、納屋の入り口で自分を呼ぶ小さな声がした。

「こうちゃん」

驚いて後ろを振り返ると、女中の梅さんがロウソクを持って立っていた。

「こうちゃん、こんな所で寝ちゃ風邪ひくよ。こっちへ来な」

梅さんは、耕一の手を取ると、納屋を出て勝手口から家の中へ入った。

《俺をどこへ連れていくのか・・・》

そう思いながら梅さんの後を付いて行くと、彼女は自分の寝室である女中部屋へ耕一を招き入れた。

「こうちゃん、今夜は私と一緒に寝ましょ」

彼女は、小声でそう云うと、一枚しかない煎餅布団を敷き、耕一を布団の中へ入れた。

 

梅さんは、当時、24、5歳であった。今が盛りの若い女である。

耕一は12歳とはいえ、異性を意識し始める年頃であった。

その二人が、一つの布団でこれから寝ようとしている。

耕一の頭の中は真っ白になった。こんなところを養父母に見つかったら、それこそ大変なことになる。

布団に入った耕一は、身体を硬くして、梅さんを背にして眠ったfりをした。

やがて、梅さんが布団に入ってくる気配がした。

そして、柔らかく温かい手が耕一の背中をさすってきた。

「大丈夫よ、何も心配することはないわ。静かにしていれば誰にも分からないんだから」

そう云いながら、彼女は耕一の冷えた身体を後ろから優しく抱き始めた。

耕一の耳元で、梅さんの熱い息遣いがした。

 

 

 

 

 続く・・・・・・。

 

 

 

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耕一物語ー千倉の春

2014-10-30 20:29:15 | 物語

千倉の野山に、春の花が咲き乱れていた。

畑には一面に咲いた菜の花が、黄色いそよ風となって揺らいでいた。

館山と鴨川にはさまれた千倉は、海の町であったが、その後背地にはなだらかな里山が広がる、南房総の花の町でもあった。

日本列島に、春の到来を告げるのが、この南房総の菜の花の便りである。

 

 

その黄色いそよ風に迎えられるように、大魚旗をたなびかせた春サバの漁船団が、千倉漁港に戻って来た。

船団の先頭は、山本船頭の船である。

日の出の太陽を背に、山本船頭が仁王立ちになって大漁旗を掲げていた。

 そして、その横には機関長の耕一がいた。

 

 

この年の春サバの水揚げは、例年になく大漁であった。

4月から6月にかけて、黒潮に乗って春サバが房総沖にやってくる。その春季出漁期間には、一本釣りの漁船団が、房総周辺の漁港から毎日のように出漁する。

午後3時過ぎに港を出港したサバ漁船団は、白波を立ててサバが群れる漁場を目指す。

漁場でそれぞれの操業位置を確保した漁船団は、日没とともに、集魚灯を明々(あかあか)と掲げて、一本釣りを開始する。

漁船団の集魚灯が、真っ暗な海面を明々と照らし出すと、サバの群れが海中から湧き出てくる。

船の両サイドに陣取った海の男達は、ピチピチと跳ねるサバを、長い竿で次々と釣り上げた。

その作業が、延々と真夜中過ぎまで続くのだ。

その光景を見た耕一は、

《房総の海には、どれほどの魚がいるのか・・・・・》

と驚いたものだ。

 

耕一を、更に感動させた光景は、漁船団の集魚灯の明かりの美しさだった。

船団の無数の集魚灯が、真っ暗闇の海原で、無数のいさり火となって煌々と輝いている。

遠くで操業する別の漁船団の船が、その輝くかがり火の中で浮かんで見えた。

幻想的なその光景を、耕一は息を呑んで見つめていた。

 

 

 

 続く・・・・・・。

 

 

 

 

 

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耕一物語ー機関長となる

2014-10-26 21:52:59 | 物語

 

秋夫の紹介で、耕一は千倉で一番の腕を持つと云われる山本船頭の船で働くこととなった。

その船は房丸という50tの漁船で、沿岸漁業の船としては当時は大きなものであった。

そんな大型漁船の機関長に、耕一が抜擢されたのである。

若干十九歳の若造が、機関長になるということは、船乗りの世界では珍しいことであった。

千倉の他の船頭や船主達は、その話を聞いて驚いた。が、しかし、耕一を雇った船頭の山本は、耕一と会い、耕一の生い立ちと経歴を知って、「この男なら任せられる」との確信を抱いたのだ。

戦時中の船舶エンジン製造工場での経験で、エンジン周りの構造には人一倍詳しい。

一年間の愛友丸での機関士助手の経験で、太平洋沿岸の地形や潮の流れなどは、頭に叩きこまれている。

そして、渋川組という任侠の世界で、男としての根性が鍛えられた。

山本船頭は、これまで何人かの免許保持者を機関長に雇ったが、満足できる男を見つけることができなかった。

船頭と機関長は一心同体でなければならない。

時には、広い海原で嵐に遭遇する場合もある。

不測の事態に際しては、冷静な判断と実行が求められる。一瞬の判断ミスで航行を誤り、船を座礁・転覆させてしまうことがある。

機関長は、船頭の片腕となって、どんな時でも常に冷静に船の運航に当たらなければならないのだ。

船が大きくなればなるほど、機関長の責任は重くなってくるのであり、そしてその力量が求められるのである。

千倉で一番の腕を持つと云われた山本船頭は、迷わず耕一を機関長に採用した。

 

 

 

千倉に戻って数週間後、若き機関長となった耕一は房丸に乗り込み、山本船頭と共に房総沖、伊豆半島、三陸沖、北海道沖へと、アジ、サバ・イカ、サンマ・カツオなどの魚を追い、出漁することとなった。

 

 

続く・・・・・。 

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