店のスタッフ、親しい客とその家族達でキャンプに訪れた島……。
足りない食料品を買う為に他の車は行かせて僕は一人車を止めて寂れた島の商店街で買い物を済ませた。
細い道路からなお狭い路地に何故か誘い込まれるように進んだ。
視界がぱっと開け港の波止場に出た……。
十五年も前の彼女の話した風景がそのまんま目の前にあった。
『こんなに島に人間が居るのか?と思うくらいの人が日曜日の昼からは港でバレーボールをするの……』
目眩を起こす位強い日差しの中に老弱男女の掛け声、叫び声、笑い声が入り混じって飛び交っていた。
僕は車を降りて少し歩いてそこから離れて海と波止場を交互に眺め続けた。
ここで育ち十八歳でここを後にした彼女。
母親と一緒に入学辞退に大学まで行った話……。
彼女が全校で一番足が早かったという高校時代の話……。
湾の対岸に長い時間を刻んだその彼女の高校が遥か遠くに小さく見えた。
僕の左右の脳は埋もれていた記憶を一気に発掘したかの様だった……。
僕は平日の昼下がりに突然暗い映画館に独りで入った様な状態に陥った。
バレーボールに興じる人々の声も山から降り落ちてくる蝉の声も聞こえなくなっていった……。
彼女と僕の十九歳から幼児期までの映像が次々に浮かんでは消えた。
僕達が交わした会話の断片が溢れ返りながら繋がって行く……。
喫茶店で俯いて静かに涙を流した彼女の姿が浮かんで消えた。
日常の光がユックリ網膜に届き始め、波止場に目を向けると人々は一人残らず消えていた。
陽は既にかなり傾きかけており日常の感覚が脳に戻ってきた。
時計に目をやると三時間を超えて過ぎていた。
何時の間にか自分が涙を流していたんだと気が付いた。
その日……僕が僕のホントの普通を思い出した日だった。
その日を境に……ちょっとした切っ掛けを得ては様々の謎が解けていく様になった。
そうだったのか?
組織論の本を何気に読んでいて今迄の軋轢となった事の何故が一気に解けた気がした。
2、6、2の法則だった。
人間界の法則である。
上位二割は何があろうとポジティブに改善に邁進する。下位二割は何があろうとネガティブに反応しマイナスへ運ぼうとする。
中間の六割は全体の空気を読み、時にネガティブに、時にはポジティブに動く。中間派六割は
自分では決めない。決められない。
風向きと空気感による旗色に盲従するのである。
スイスの経済学者パレートの『パレート曲線の法則』も同じ指摘をしていた事に気付いた。
二割の人間が社会の価値八割を生み出し八割の人間は二割の価値創造にしか貢献しないという奴だ。
どうして?僕は超できる人間と社会的に酷く劣等な人間と両極を選んだように親密になるのだろう?というのがずっと疑問だった。
上位と下位の人間は良し悪しは別にして、その言動、行動は自分の意思(心)に依って行っている。
それに対し中間の六割は演ること為すことに『意思(心)を持ってない』のである。
彼らの行動基準は大勢の『空気感』に支配されている。
自分を見失い効用感稼ぎに夢中だった時にさえ
振り返れば僕と交友を持った女達は極端だった。中間に位置する女達には不思議と縁がなかったのである。
長らく僕の中に居座り悩ませ続けた『吊し上げ事件』の普通の善人達によって刻まれた傷跡……。
暴力教師が発散させる粘着質でサディスティックな空気が善人達の『雰囲気の受信アンテナ』に攻撃の承認を送信していたのだ……。
簡単に悪徳の壁を超え、シロとクロを一瞬にして行き来する。
しかし何らの呵責も覚えない六割を占める中間派の行動メカニズム。
チャイムが鳴り昼休みになると彼等は日常の無邪気で気の良い少年少女になった。
その変貌ぶりが後々まで深い謎となって僕の中に居座り続けていたのだ。
『恥の意識も罪の意識もない』全くニュートラルな彼等の対対応に僕は大いに混乱させられたのを覚えている。
彼等にとってその件はどうということもない彼等の日常の一片に過ぎなかった……。
彼等はことの善悪など関係なく『吹いた風』に一瞬従っただけの無邪気な少年少女達だったのである。