サンチョパンサの憂鬱

昼下がりのサンチョパンサ(2)……『店母ちゃん』のお通夜の帰り

カミさんの母親が逝った……。

かつては商店を営んでいた。
苦労人。働き者。誰もが彼女の事をそう評した。
ガッシリとした大きな身体。偉丈夫とは男の体躯を評するものだけど……そんな表現がピッタリの元気一杯の勤勉な人だった。
お父さん(ご主人)は若くしてガンで失っていた。

随分昔に……カミさんの実家で行われた親戚の人の葬儀の日。買い物を頼まれた時、その亡くなった人の孫の中学生の少年が僕に付いてきた。
小学校の低学年の頃からよく知っていた子だった。

彼の父親は腕の良い溶接工だったが酒好きが祟り彼の母親は度重なる暴力沙汰が原因で逃げ去っていた。
男手しかない彼の家庭……何かに付けて面倒を見ていたカミさんの母親が一時期少年を引き取り世話をしていた頃の話だ……。

複雑な家庭の事情を慮ってカミさんの母親が手配した葬儀だった。
その時、大勢の親戚が集まっており、鼻つまみ者の彼の父親のせいでいたたまれない思いだったのだろう……。
露骨に悪し様な態度で接する人も中には居たから……。

買い物の帰り……彼と近くの公演に立ち寄りブランコに並んで座って話をしたのを覚えている。
なぁ?悔しいだろう?……ウンと俯いて頷く。
腹立つよなぁ?またウンと頷く。

彼は荒れ気味の中学生だった。

でもね?ヤケを起こしたら駄目だ!と僕は彼に言った。

直ぐ見返してやりたいと思うだろうが、でも今は仕方ない。コレからユックリ大人になってから頑張れば良いんだ!……そんな事を僕は言った。

恵まれた体格をした彼は何時も僕の義理の母とセットだった。
少年は商店を営んでいたお母さんのことを『店母ちゃん』と呼んで懐いていた。

何故か?彼は僕にも素直な態度だった。
カミさんも彼と彼の幼かった弟を色んな所に連れて行ってたからかも知れない。

昨日……そのお母さんのお通夜だった。
散々お世話になったのに……数件の予約を抱えていた僕は悲しみを封印し、不義理をして急いで帰途についた。葬儀場の駐車場を出て雨の中信号待ちをしていた。

コンコンと運転席の窓がノックされた。
驚いて見ると雨に濡れながら顔をクシャクシャにして泣いている大男が立っていた。

『オニイサン!ワシは悲しいよぉぉ……!!』
子供の様に泣きじゃくる彼だった。

明日のお葬式来るのか?泣きながらコクンコクンと彼は頷いた……。
明日ユックリ話そう。泣くな!コクンコクン……。
そして『店母ちゃんが……』ともっと大泣きになった。

彼は今、……頑張って結構な規模の土建会社の社長になった。
結局酒が祟って死んだ父親の無念を晴らす様に彼は努力し頑張ったのだった…。

信号が青に変わった。
お互い手を上げ別れを告げて僕はアクセルを踏んだ……。

もう駄目だった。
目から恐ろしいほど涙が溢れ出てきた……手の甲で涙を拭いながら何とかやっと車を走らせた……。
彼と『店母ちゃん』の昔の様々なシーンが頭の中を駆け巡った。

『またコイツが悪さしたんよ!』と睨まれて大きな身体を折り曲げるように小さくなった彼……。彼の泣き顔は当時のまんまの幼い面影を残していた。

ヤンチャな彼が起こした騒動で裁判所まで行ったり、何度も何度も学校に呼び出されたり……。
何時も……彼を連れて商品配達していた『店母ちゃん』の優しさが何とか彼を守り抜いたのだった。

僕もまた、何度も何度も助けられた優しさだった……。

ともすれば、刷り込まれた権威主義に流れそうにもなる僕の見栄っ張りも、ヤケを起こして自暴自棄になりかねなかった彼の拗ねとか僻みも『店母ちゃんのホントの優しさ』の前では素直になるしかなかった……。

ホンモノの優しさ……それはどんなに固い心さえも解かし包んでしまうモノなのか……。

『店母ちゃんの優しさ』……僕や彼がホントに思い知るのは明日、見送った後……コレからかもな……?
店の前の立体駐車場に車を止めたとき……ふとそう思った。


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