何度も同じ嘘を喋っているからその本人がもう嘘とは思っていない状態だった。
彼は株で大儲けをして1億趙のカネを持っていたし、親戚の叔父のガソリンスタンドのチェーン店を引き継ぐ事にもなっていた。……そういう話だった。
携帯電話の契約を取れば五年間マージンが払い続けられる?といった話に乗って脱サラした人間が山ほどいた時代だった。そこここに携帯の店が開店していた。
後に破産して逃げた男も携帯の店をやり一時は50人を越える人間を使っていた。
この男の話も半分はブラフであり、何処と無く怪しさが漂う様になっていた。
この二人は僕の店で夜遅くまで話し込んでいた。
その頃になるともう一人のガソリンスタンドの跡取りの方も馬脚を現していた。誰も彼の嘘に触れなかったけれど全てが嘘だと知っていた。
彼等の妄想に彼等の嘘が耐えられなくなった?……そんな風情だった。
株式で1億男の父親が亡くなったと聞いて葬式に赴いた。
中国山地の懐、川沿いに彼の実家はあった。
話とは全く違う、見るからに貧しい農家の小さな家だった。
彼は意を決した様に僕の所に来たけれど目を合わさなかった。
少し休めよ!と言うとコクンと頷いて
救われた様な面持ちで離れていった。
帰り道、僕もブラフ男も黙っていた。
携帯騒動もどうやら終焉を迎えそうな様相だったからブラフ男も自分も明日は我が身?と覚悟していたのかもしれなかった。
そして……二ヶ月の間に二人とも行方が分からなくなった。
ブラフ男はそれから何年か経って、破産手続きが終わったと現れたけれど……。
横浜に逃げていたので横浜で彼は次の仕事?をしていた。
企業に研修を持ち掛け、大きなお金を国から貰う?……そんな話だった。
丁度、その研修制度を巡って詐欺事件が報じられていた頃だった。
此方で会社を見付けたらあとは自分が段取るからとしつこく誘われたけれどキッパリ断った。
彼はその話に乗らない僕に、腹を立てたのだろう。以来音信は途絶えた……。
ガソリンスタンドの跡取り男はもとは取引先の営業だった。
彼は二度結婚して二度と別れた。子供も二人の嫁さんとの間に三人設けていた。
ブラフ男も子供二人いた。
自分の夢とか理想にほんの少し嘘が混入したのが初めだろう。
その嘘が、彼等をいたく満足させたのだろう。相手は何の疑いもなく信じリスペクトまでしたのだろうなぁ……。
悪気は無いのである。無邪気なエエカッコだけだ。
やがて自分を騙してその気になって、だから人も騙される……。凄い人間だって!……。
様々な迷惑らしきモノもあったけれど
彼等を憎んだり恨んだりする気持ちはない。
僕は薄々嘘と気付きながら……彼等が好きだった。
どんな男も幾重にも着込んでる鎧を脱がしていけば、同んなじ モノが出てくるのだ。
無邪気な功名心や他愛ない英雄気取り……。
僕は彼等よりほんの少しズル賢い人間だっただけだと思う。
そこまで自分を騙し、人を煙に巻き演じ切る度胸が無かっただけに過ぎないのだと思う。
男の幼稚さは、現実のクソ面白くもないジメジメ仕事をこなしていると腹を立てるのである。行き交う人が全て自分より優れて見えて来る……。
それを簡単に一発逆転出来るのが嘘なのである。
そっちへ走って行った彼等の哀しみが、悔しさが、口惜しさがそのまんま理解できてしまうのである。
もう少し年を重ねたら、その嘘もまんまにして会いたいとさえ思う。
彼等の言葉……嘘ばかりだったけれど、
その胸の中に、少年の純情を一杯抱え込んでいたのは嘘じゃない。
『彼等の本当の気持ち』だったのだから……。
彼等がしつこく僕を飲みに誘ったのは……僕が現実に組み敷かれ鬱々とした日々を過ごしているのがとても痛々しく見るに忍びなかったのだろう……。
パァッとやればそんな悩みなんて無くなるから!……そう言って笑った彼等の無邪気な笑顔が今も鮮明に浮かんで来るのである……。
最近の「日記」カテゴリーもっと見る
最近の記事
カテゴリー
バックナンバー
人気記事