サンチョパンサの憂鬱

サンチョパンサの食卓 (16)

先日NHKのドキュメンタリー『ヒューマンエイジ』が取り上げたのは『性欲』だった。
人間以外の哺乳類のセックスは生殖の為である。生命の子孫への継承のためである。

人間がセックスに生殖以外の目的を持ったのは二足歩行と大きな因果関係があるのだと研究者が説明してた。
チンパンジーと人間の骨盤を比べると人間の骨盤の空洞はとても小さい。二足歩行によってそうなったと。

すると赤ちゃんはとても小さく生まれて来る。とても弱く一年以上は保護されなければ生きられない。メスは脆弱な生命力の赤ちゃんを守らなければならない。

安全を確保する為にはオスとの間に親密な『絆』を築かなければならなくなった。
その絆の維持を目的に人間のセックスは行われる様になった……と。

やがて、食べ物や安全が保証されると『快楽のみ』を動機にしたセックスを行う様になる。
食料や安全が保証されたローマ帝国のポンペイの遺跡にはその形跡が絵画や文章によって残されている。

男と女が入り乱れての不特定多数を対象に行われるセックスである。
こういう現象に倫理を持ち出しての批判はとても無力である。何故なら?人間の快楽追求の欲望は倫理なんぞ凌駕してしまうほどとても強いからである。

人間の行うセックスには『生殖』、『絆の形成』、『快楽追求』という三つの動機があるというわけである。
ネットポルノ依存症の患者が激増していると紹介していた。究極の快楽追求のみのセックスである。

好きなタイミングで直ぐ快楽に没入出来るネットポルノ……。それに長く依存していると生身の人間とのセックスがスムーズに運べなくなるというのである。
ネットポルノに比して、生身の男女の関わりはセックスに至るまでとても迂遠な運びを必要とするからである。

中国のセックスロボットの製造工場の現場や、日本の女性の為のセルフプレジャー(オナニー)グッズ売り場なども紹介していた。
『AIの恋人』に深く入れ込み過ぎた欧米の女性は努力して日常生活を取り戻したと述懐していたけれど……『彼女のパートナー』は今尚、パソコンの画面の中に居る……。

ネットポルノ依存症の人の脳は、他の依存症の人と同様に脳の奥深い部分に萎縮が顕著に見られるという。

何時だったか、村上龍のエッセイについて書いたことがあった。
何故?クスリを止めたのか?と聞かれた彼は
『脳が要求する快楽追求の欲望にフィジカルはついて行けない事が解ったからだ』と応えていた。

『人間は肉体を持っている』ということである。単に『脳の欲望』のみを追求したら現実の肉体には大きな弊害を生じるということだと思う。
そして脳もまた『肉体の一部』なのである。
だから快楽追求の対価として萎縮という損失を支払うことになる。

食事の時間すら惜しんでゲームやネットポルノに没頭するのは『快楽は中毒性』を有するからである。だからエスカレーションとはセットなのである。

かと言って僕達はもうアダムとイヴの時代の環境には暮らせない。
様々のテクノロジー、機械、利便性高い社会システム……と無縁ではいられない。

肉体を移動する時間を惜しんでダウンロードすれば音楽を効率よく浴び続けられるけれど?
『肉体あってのライブ』には『肉体あってこその生の快感』がある。


最近、四十代以下の人達の『生の肉体を悦ばせる食事術』って奴が恐ろしく劣化しているのを感じる。
マリアージュなんて高尚なレベルじゃなく、『単なる食物の取り合わせ』すら出来なくなっている。 

マックのドライブスルーやウーバーイーツは手っ取り早い。『脳が要求する単品』を羅列すればOK?そんな暮らし方だからなんだろうなぁ。

肉体ってのは何かにつけて不便である。ましてや他者と会話して意思を伝える事はもどかしくもあり面倒臭い。

しかしアナログの生身の人間と生身の人間との辿々しいコミュニケーションから編み出されるセックスや食事には『生の臨場感』という『生身の肉体あっての快感』がある。

前編で『がちレトロの街の魅力』について書いた。
そこには『生身の人間の心身が悦ぶスロウな時空』が広がっているからである。

これだけテクノロジーか進み何でも機械化出来る世の中に……『整体』とか『全身揉みほぐし』なぁ~んて『人の手による快感提供』が隆盛を極めている。

『人肌が恋しい?』……なぁ~んて素敵な表現だろう?

辿々しく不便な関わりを通して『効率悪く築いていく関係性』って経済効率的には全くの無駄だけど……生身を通して生きてる人生には必要不可欠の栄養素だと番組を見終えてつくづくそう感じたのでした。


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