しかしそれは素直?というんじゃなく忠実に盲目的に追従するといった感覚だった。
随分と後になって分かったけれど……それは彼が僕を信用していた訳じゃなかった。
実際彼は誰も信用してはいなかった。
なによりも当の自分を一番忌み嫌い信用してなかった。
彼の本音は彼によって彼の心から頑なに遠ざけられていた。
彼は自分は誰も愛さないが誰からも愛されようとした。
それは彼自身をじゃなく、相手の要望、要求に先回りして媚びる彼のペルソナを被った自分をである。
彼は男女を問わず大概の人間を虜にした。媚びて甘える天才?そんな風情だった。
それが彼の天性そのものの魅力だったら?と後になって何度も僕は嘆いたけれど。
彼は心に深い傷を負っていた……。
小学生高学年の時に……酷いイジメを受けて登校拒否に陥った経験があった。
彼の辻褄が合わない立ち居振る舞いが何度も見受けられる様になったのは『僕達の城』に出入りする人間が増えた頃からだった。
別に何の権限がある訳じゃない外部の人間。そんなのがやってきて面白おかしく僕達を笑わせる様な場面……。
彼は必要以上にその程度の付き合いの人間にさえおもねた。まるでその人間が僕達の生殺与奪を左右するかの人間の如くにである。
条件反射の様に相手に媚びてしまう彼の性癖は
従業員に読まれ、取引先の人間も楽々看破し、出入りする人間は彼を使って有利に事を運ぶのが当たり前となっていった。
彼は喜々としてその役割を担う様になった。
あたかもそれが自分の人徳・人望のお陰といわんばかりに。
僕は僕で『自分の本気の力』に驚き、そして陶酔し、舞い上がっていた。
要するに自分の想像力の威力に振り回されていた時期だった。
僕の発案は尽く当たったのである。
僕が演ること為すこと、人々は最初は僕を嘲り笑った。
しかし、半年も経てばその画策は面白い様に当たった。すると彼等は今度は僕に対して擦り寄って来て目一杯のお世辞を言うのだった。
彼が僕に対する粘着質の嫉妬心を醸成し、内外の不満分子達と共有している事なんて僕は歯牙にもかけなかった。
彼がトラウマの疼きに衝き動かされている時、僕もまた『僕のホントの力』の凄まじさに振り回されていた。
僕は自分発の企画事が定見を持たない人間達のシャーデンフロイデを裏切り、その結果彼等が恥も外聞もなく手のひら返しをして再びすり寄って来る様を現実世界で何度も味わった。
自分が恐れていた人間達の正体とはこんなモノだったのか?……幽霊の様な人間達の他愛ない無邪気な悪意……。
しかし時として無邪気な悪意は人の一生を左右することもある。
彼はそんな無邪気な悪意が群れて犯す罪の自覚無き凶行の犠牲者だった。
何か一つ流れが違えば僕は彼になっていたという思い。
だから僕は『彼の恐怖の正体』が微に入り細に入り理解できた。
起きている間中浅く忙しない呼吸を続ける彼は痛々しかった。絶えず酸欠の様な状態を彼は生きていた。
店の評判が上がれば上がるほど彼は大物振って振る舞おうとした。
しかし彼はホントの大物じゃない?それを一番熟知していたのは彼だった。
そんな裸の王様の様な状況は彼をひどく混乱させたんだと思う。
それは一ヶ月に百万円を超える余裕資金が捻出出来る様になり始めた頃だった……。